その昔(1970年代前半~1990年代前半)、『喫茶店経営』という誌名の雑誌が、東京の柴田書店という出版社から発行されていました。
1980年代の後半から1990年代の前半、この雑誌は、時々ですが、コーヒー豆自家焙煎店の特集記事を載せていました。
エカワ珈琲店は、その特集記事に誘発されて、喫茶店から自家焙煎コーヒー豆の小売店に商売替えしました。
今(2025年)はコーヒー生豆相場が高騰していて、1gが3円以下で売られる焙煎コーヒー豆は珍しい存在になっていますが、2000年代と2010年代は、1gが1円以下の焙煎コーヒー豆(賞味期限1年のレギュラーコーヒー)が、量販店の目玉商品として売られていました。
目玉商品でなくても、1gが2円から3円くらいが普通の売値でした。
しかし、1990年代は、量販店で売られている賞味期限1年のレギュラーコーヒーの平均価格は200gで600円から800円(1gが3円から4円)くらいだったと記憶しています。
百貨店の焙煎コーヒー豆量り売り場だと、100gを500円から800円くらいで売っていたと記憶しています。
安い焙煎コーヒー豆でも、100gを400円くらいで量り売りされていたと思います。
エカワ珈琲店が自家焙煎コーヒー豆小売販売を始めたころ、価格の設定は、スーパーの価格よりも若干安く設定して、焙煎後1週間以内の新鮮な自家焙煎コーヒー豆の販売を心がけました。
そうすると、1年も経たないうちに販売量が300kgを超え、商売を軌道に乗せることができました。
パパ・ママ店で、月間1トン前後を販売する店が、何店舗か存在していた1990年代前半頃の話です。
平成3年(1992年)10月、『喫茶店経営』が「繁栄の道しるべ 豆売り店の発想」という特集記事を載せています。
「焙煎コーヒー豆の家庭用需要が拡大して、街に豆売り店がチラホラとですが、出店するようになってきました。
儲かる、よさそうだとなると、新規参入のスピードが加速するので、豆売り店の出店スピードも増してきています。しかし、コーヒー専門店の轍を踏んではならない・・・」
と、その特集記事の冒頭に書いてありました。
1970年代中頃から1980年代中頃にかけて隆盛を誇っていたコーヒー専門店が、衰退しつつあった時代のことでする
特集記事は、「それぞれの店がそれぞれの発想を持つことで、淘汰の波を乗り越えて息の長い繁盛を勝ち取る必要がある」と結んでいます。
1990年代の初めころから2025年の現在までの間、コーヒー豆自家焙煎店の総数は増え続けています。
2000年代のコーヒー豆自家焙煎店新規出店は、自家焙煎コーヒー豆小売店の新規出店でしたが、2010年代のコーヒー豆自家焙煎店新規出店は、自家焙煎コーヒー豆の小売+卸売+喫茶店(カフェ)という業態での出店が目立って居ます。
1990年代後半から2000年代、家庭用・業務用を問わず、レギュラーコーヒーの世界では、大手ロースターによる寡占化が進行していたと思っています。
そして、残されたパイを、地方の中小ロースターとコーヒー豆自家焙煎店と呼ばれているパパ・ママロースターが奪い合っていて、2000年代中頃からは、パパママロースターの淘汰が始まっていたと思っています。
あの「喫茶店経営」の特集記事が予想していた状況が、10年の時を経て、現実となりつつあったと思っています。
もしかしたら、自家焙煎コーヒー豆店は、あのコーヒー専門店のような繁盛の時期を経験することもなく、淘汰の波に飲み込まれてしまうかもしれないと思うこともありました。
しかし、2000年代の終わりころから、パパママロースターのコーヒー豆自家焙煎店に吹く風向きが変わってきました。
アメリカで発生していたサードウェーブコーヒー現象の影響だと思っているのですが、新しいコーヒー豆自家焙煎店の小さなブームが都会で始まって、2010年代には、そのブームが大都会から中都会へ、中都会から地方都市へと広がって行きました。
2010年代に入ってから、それまで四苦八苦していたエカワ珈琲店の経営状態が、毎年毎年、徐々に徐々に改善されていったのが、その事を証明していると思っています。
エカワ珈琲店の30数年間、パパママロースターが何とか生き残って来た商売体験談(大雑把ですが)を電子書籍にして、キンドルでセルフ出版しています。