今週一週間お疲れさまでした。
今週は、結構なんとな~く暮らしていたという感じ。正直、お盆明けで色々あるかもしれないと思っていたんだけれど、別にそういうこともなく、今まで通りながら、平穏無事に1週間が過ぎていった。
仕事は毎日、目の前の急ぎのタスクだけ終わらせて長期的にやらなきゃいけないタスクにはあまり手がついていない、なんて日が多かったけれど、それで気に病むということもなく、なんだかすごく穏やかな気持ちでいるのだ。
理由なんてないけれど、あえて「絶対に期限通り終わるから」ということにしておく。
自分が信じた未来が本当の未来になる、というのは信じている。
もともと「人の意思が未来を変える」という信条の持ち主で、それは、人工物や信念が現実を切り開くフィクションなんかにハマっていたから、というところだと思う。
ただ、これを自分に適用していなかったんだけれども、最近はもう少し頑張ってみようということで、ジャーナリングで自分の思考のくせを見直し、目の前のことを悪い想像に結びつけることにブレーキをかけて、踏みとどまることで、少し生きやすくなった。
だから、あんまりできてない、に目をむけるよりも、「今できてないだけで、そのうちできるようになる」と信じることだけは、怠らないようにしている。
そんなことの影響か、すごく穏やかで、それでいて幸せな感覚が続いている。
昔は、明るい未来を考えるというと、ドーピングしているような、猛烈な勢いで明るくなるけど、それが続かなくて、という感じだった。
今はなんとなく、明るい未来を信じることがちょっとずつベースに積もってきていて、何も考えていないときでも、最低限、いいことが起きるであろうと信じられている感じだ。
正直、才能がある人なんかはこれが当たり前にできているんだと思う。才能のある人は、今自分が積み上げているところを簡単に飛び越えて、目先の勉強だとか、仕事のアウトプットにリソースを割けているんだと思う。
自分はどっちかというと無い側の人間なので、頑張ってちょっとずつでも進めていくしかないんだろう。でも、積み上げていく幸せというものもあって、ちょっとずつ変わってきたかな、という脱初心者の時期は一番楽しいともいう。
昔と変わってきたという点で言えば、割と些細なことへの感謝の念も深くなってきた。感謝することが増えれば運も良くなる、なんて話があって、小さなことへの感謝を実践してみたけれど、こじつけたようないいこと、にかえって嫌気がさしてきてしまったのだ。
でも、今は何もないこともいいこと、何かあってもいいこと、みたいな心境でいられる上に、今までだったらあんまり感謝できなかったような程度のことでも、なんかいいことだったように感じられるなど、今までと心境が違う。
恵まれているとは思いつつ、それが当たり前だったから感謝するほどのこともなく、むしろ感謝することの方が、無理やり感があった。
今はあえて外と比較するでもなく、自分の中だけで、感謝が納得がいっている。面白いくらい、いい思考に案っているように思う。
「論理は後天的に備わるものだから、いくらでも弄り様がある」という感じで、今までの悪い考えをスパっと切って、別の考えにつなぎ変えて、それで自分が楽になっていくのが本当に楽しい。
認知行動療法は、それこそ一番つらい時期にやっていたけれど、それを習得できた感じがする。
もちろん、ここまでこれたのは、暖かで親切な周囲の人たち、特に会社の人たちのおかげのように思う。
そういった感謝もごく普通に携えたうえで、また、1週間、楽しく過ごせそうだなと思えている。この期待感がすごくうれしい。