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三田三郎 著『よいこのための二日酔い入門』より。酔いどれ歌人によるエッセイ集!

酔っ払い歌人の元祖と言えば、万葉歌人の大伴旅人である。この歌を現代語に訳せば「中途半端に人間でいるくらいなら酒壺になりたいものだ。そうすれば酒に浸っていられるだろう」となる。
(三田三郎『よいこのための二日酔い入門』堀之内出版、2025)

 

 こんばんは。やはり年度末はしんどいです。通知表やら要録やら教育計画やら、この期に及んでの保護者対応やら。異動一年目のしんどさと相まって、それから花粉症とも相まって、大伴旅人よろしく酒壺にでもなりたい気分です。

 

なかなかに人とあらずは酒壺に成りにてしかも酒は染みなむ

 

 現代の酔っ払い歌人こと三田三郎さんは、二十代の半ばに差し掛かった頃にこの歌と再会し《この世の誰もが抱いている当然の願望なのではないかと思った》と書いています。子どものときにはピンとこなかったものの、大人になったらピンときたという話です。この世の誰もが、大人になると自身の中途半端さに耐えかねて、

 

 酒壺になりたいと思うようになる。

 

 

 酒壺になりたがっているオーラを感じ取ってくれたのでしょうか。本屋のオーナーさんが「お酒の好きな人にはお勧めの本です。作者は歌人なんです。めちゃくちゃおもしろいですよ」って、三田三郎さんの『よいこのための二日酔い入門』を勧めてくれました。もしも私が「よいこのための読書入門」という授業をしたとしたら、子どもたちにはこう言います。この人おもしろいなって思える大人が勧めてくれた本は、

 

 読みましょう。

 

よいこのための二日酔い入門

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 三田三郎さんの『よいこのための二日酔い入門』を読みました。帯には《酔いどれ歌人による待望の初エッセイ集!》とあります。呑む文筆家(唎酒師)として知られる山内聖子さんの本に負けず劣らず、同じ酒好きの歌人であり『百人一酒』という本(未読)まで出している俵万智さんにも負けず劣らず、酔いどれ歌人こと三田三郎さんの本も、女性のお二人とはちょっと違った味わいで、

 

 おもしろかったぁ。

 

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 目次は以下。

 

 第一章 考察編
 第二章 実践編
 第三章 応用編
 第四章 郷愁編
 第五章 短歌編
 第六章 総括編

 

 すべて、酒に関する「~編」で、それぞれにエッセイが4~6編収録されています。読み始めてすぐに気が付くおもしろさの秘訣というか、山内さんや俵さんとの違いは、ずばり、

 

 文体でしょう。

 

 そもそも、理性的な人間はみな主体的に自らをコントロールできるはずだという考えそのものが、近代化によって生じた幻想であり、「近代的個人」の思い上がりでしかない。泥酔の経験は、自身を自律的な主体であると信じていい気になっている「近代的個人」に、内なる他者の存在を意識させ、自らの驕りと向き合う機会をもたらす。そして、自分が自分を制御しきれないという事実を突き付けられることで生じる無力感は、人間を幾分かは謙虚にしてくれるのである。

 

 考察編の最初に載っている「泥酔の経験は人間を謙虚にする」より。文体が、男性っぽい。そして近代を肯定する「学問のすゝめ」に対して、近代の思い上がりに水ではなく酒を差す「泥酔のすゝめ」という発想がおもしろい。偶然や誤配を自ら生み出すという点では、ブライアン・クラースの『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか』にも通じるものがあり、いうなれば「泥酔」はどのようにあなたをつくるのか、となるでしょうか。泥酔はあなたを、

 

 謙虚にする。

 

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 三田三郎さんがどのようにしてつくられたのかという「郷愁編」も読み応えがあります。キャリア教育という意味で、子どもたちにも紹介したいエッセイがいっぱい。例えば、これ。

 

 私は中学・高校と男子校に通っていて、その間は母以外の女性とまともに話をする機会がなかった。人格形成において重要な時期に、女性と話す機会をほとんど得られなかったことは、現在に至るまで私の人生に暗い影を落とし続けている。

 

 エッセイ「私は女性と話せなかった」より。話せないではなく、話せなかったという過去形で書かれているところに余香があります。加えてもうひとつ。この本では、各エッセイの最後に歌が挿入されていて、それも絶妙な残り香になっているんです。例えばこのエッセイには「私と酒どっちを取るのと訊かれたら答えに窮するほど君が好き」という歌が紹介されています。暗い影があるからこそ生まれる歌。その影があるからこそ、言葉は深く、五臓六腑に沁み渡る。いいかい、君たち、コンプレックスは武器になるんだよ。セラヴィ、それが人生。ここで一句。ではなく、

 

 ここで一首。

 

人生にもし締切があるならば今から雨はすべて催促

 

 郷愁編の最後に書かれているエッセイ「W先生のこと」より。まさにキャリア教育ではないでしょうか。

 続く短歌編では、冒頭に引用した大伴旅人(665ー731)をはじめ、若山牧水(1885ー1928)や石田比呂志(1930ー2011)など、酒好きの歌人の歌が紹介されていて、国語だったり社会の歴史だったりの勉強になります。著者曰く《酒飲みにとって、一人で飲むのか誰かと飲むのかというのは永遠のテーマである》云々。そういったテーマ(問い)について、酔いどれ歌人の先輩たちの足跡を辿りつつ探究していくわけですから、総合的な学習の時間の勉強にもなります。

 

一人で飲むか、誰かと飲むか(2026.3.12)

 

 風邪の症状が治らず、今週は一人で飲むことも、誰かと飲むこともできませんでした。今日は一日中、自宅でお休み。異動1年目の疲れが最後になってどっと出てきているのかもしれません。百薬の長たる酒の力を借りたいところですが、そうもいかず。こんなとき、三田三郎さんだったらどんな歌を口にするのでしょうか。

 

 少し早いですが、もう寝ます。 

 

 おやすみなさい。

 

 

鬼と踊る

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百人一酒 (文春文庫 た 31-6)

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