
夫王から「宮殿」のプレゼント
即位からしばらくして、20歳のフランス国王ルイ16世は、19歳の王妃マリー・アントワネットに、プレゼントをあげます。
それは、ひとつの「宮殿」。
プチ・トリアノンです。
ただ、宮殿といっても、大きさはそれほど豪壮なものではなく、8つの居室にダイニングルーム、大小の客間、寝室に浴室、そして小さな図書室といった間取りで、現代のセレブでも持っているような「豪邸」といった規模です。
もともとは、先代のルイ15世が公妾ポンパドゥール夫人のために建設し始めましたが、完成前に夫人は逝去してしまい、新たに愛妾となったデュ・バリー夫人に与えられました。
居住のための宮殿というよりは、王が愛人との情事を楽しむために作られた、ラブホテルのような施設でした。
例えば、食事の際に召使いを遠ざけるため、地下の台所から、セッティングされたテーブルがそのままダイニングルームにエレベーターのように上がってくるという、大がかりな仕掛けまでありました。
召使いの目を気にせず、イチャイチャしながら食事が楽しめる、というわけです。
王妃の絶好の隠れ家

さて、ルイ15世も世を去り、デュ・バリー夫人も追放となりました。
ルイ16世は、この館を妻に与えました。
その目的は何か?
まだ夫婦関係も成立していない国王夫妻に、情事の場など必要ありません。
それは、衆人環視の中で儀式と儀礼に縛られているヴェルサイユ宮殿から、つかの間でも、妻が逃れて羽を伸ばせるように、という、優しい夫の配慮だったのです。
王妃には、格好の隠れ家となりました。
彼女は、この夫のプレゼントに心底喜びました。
頼りないと思っていた夫は、なんと自分の気持ちを分かってくれているのだろう!
しかしこれは、国王にとっては取り返しのつかない失策でした。
マリー・アントワネットは、公務をほとんど投げ出して、トリアノンにこもりっきりになってしまい、自分の愉しみをとことん追求し始めたのです。
王妃に謁見し、直々に声をかけてもらうという栄誉のために、一生懸命気飾ってヴェルサイユに伺候していた貴婦人たちは、ずっとほったらかしにされてしまいました。
マリー・アントワネットが嫌った、ヴェルサイユでのこうした無意味に見える儀礼は、かつて太陽王ルイ14世が、ともすれば王権に対抗しかねない大領主たる大貴族たちを、廷臣として飼いならして骨抜きにし、コントロールするという、絶対王政の根幹なのです。
江戸幕府における参勤交代のようなものです。
マリー・アントワネットは民衆から嫌われる前に、自分を支えるべき貴族たちから嫌われてしまったのです。
〝自然〟を愛した、マリー・アントワネット

トリアノンは、ヴェルサイユ宮殿のような豪華、豪奢な過剰装飾はありませんでした。
調度はやや簡素で洗練されており、これがマリー・アントワネットの趣味に合いました。
彼女は贅沢好きのイメージがありますが、悪趣味なばかりに絢爛豪華なバロック様式は嫌いで、自然体なスタイルを好みました。
皮肉なことに、「社会契約論」を著してフランス革命の下地を作った、ジャン=ジャック・ルソーが提唱した「自然に帰れ」という理念に共感していたのです。
彼女はトリアノンの館の中の調度類はほとんどいじらず、そのままにしました。
その代わり、熱中したのが庭の改装です。
ヴェルサイユ宮殿の「フランス式庭園」は、ル・ノートルが作ったもので、幾何学的なものでした。
「国王は自然をも支配し、意のままに変える」という理念に基づくものでした。
これに対し、マリー・アントワネットは、自然の優美さをできる限り再現する、「英国式庭園」を好みました。
しかし、それは本当の自然ではなく、あくまでも「再現」された自然でした。
そして、それには莫大なお金がかかったのです。
遠くから導水管を引いて、庭に癒しのせせらぎの音を奏でる小川を作らせました。
小川が流れ込む人工の池には素敵な人工の島を作り、緑や苔を移植します。
また、人工の岩山や洞窟を作り、一目を避けられるような空間も作りました。
人工の森に人工の小径。
人工の草原には四季折々の花々が咲き乱れます。
ベートーヴェンが愛したような「田園風景」が、巨額の費用を投じて人工的に造られたのです。
ロハスな暮らしを再現した「王妃の村里」

王妃の趣味はさらにエスカレートし、なんと人工の「村里」が作られました。
実際ののどかな農村を再現し、池の周りに藁ぶき農家が8軒建てられ、卵の採れる鶏小屋、肥料小屋、厩舎、干し草小屋、納屋、鳩小屋があしらわれます。
建物は新築ながら、ハンマーで叩いてわざと壁にひびを入れ、漆喰を剥ぎ落し、屋根板をいくつか取り外すなどの、「エイジング加工」が施されました。
さらにリアリティを出すため、本物の鶏、乳牛、ウサギ、羊が連れてこられ、さらには本物の農夫、農婦、草刈り人、乳搾り娘、羊飼い、狩人、洗濯人が、実際の作業をさせられました。
まさに、王妃専用の「農村テーマパーク」が作られたのです。
彼女も、気が向けば自分で乳搾りをしたり、卵をとったり、チーズ作りをしたりして、「ロハスな暮らし」を楽しみました。
本物の農村など訪ねたこともなかったのに。
また、ここでは王妃が主人であり、命令は「王妃の名において」発せられました。
これは、男性にしか権力を与えられない中世ゲルマン以来の「サリカ法典」に反することでした。
小さい宮殿内だけの治外法権とはいえ、廷臣たちの顰蹙を買いました。
国王も時々この宮殿を訪れましたが、客人として王妃のルールに従っていました。
王にはベッドさえなく、王妃のご機嫌伺いに訪ねるだけで、宿泊も長居もせず、自分の好きな狩りや錠前作りに戻っていきました。
お互いの趣味を尊重した、不思議なすれ違い夫婦といえます。
ともあれ、一見素朴なこの「王妃の村里(アモー)」にかかった莫大な費用は、フランス革命後、マリー・アントワネットの裁判で告発、追及されるネタになってしまったのです。

さて、そんなマリー・アントワネットゆかりのオペラ、『オーリードのイフィジェニー』の続きを観ていきましょう。
『オーリードのイフィジェニー』登場人物
クリュタイムネストラ(クリテムネストル):アガメムノンの妻、ミケーネ王妃
イピゲネイア(イフィジェニー):アガメムノンの娘、ミケーネ王女
アキレウス(アキレス、アシール):ギリシャ軍の英雄、プティア王ペーレウスと海の女神テティスの子
カルカス:ギリシャの祭司長
アルテミス(ディアーヌ):狩りと月の女神
アルカス:アガメムノンの衛兵隊長
グルック:オペラ『オーリードのイフィジェニー』第3幕前半
Christoph Willibald Gluck:Iphigénie en Aulide, Wq.40, Act 3
演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:クリュタイムネストラ)、リン・ドーソン(ソプラノ:イピゲネイア)、ジョゼ・ヴァン・ダム(アガメムノン:バス・バリトン)、ジョン・エイラー(アキレウス:テノール)、モンテヴェルディ合唱団、リヨン国立歌劇場管弦楽団【1987年録音】
注)音楽はハイライトのみの抜粋です。
第38曲 合唱とレシタティフ
(舞台裏から聞こえてくる合唱)
ならぬ、ならぬ、
我らは我慢できない
生けにえを神から奪うことなど
神々は彼女の死を命じた
彼女を逃がしてはならない
(女たちと衛兵たちの真ん中で取り乱した状態で入ってくる)
イピゲネイア
なぜ抑えようとするのですか、アルカス、
彼らの怒りに対して?
アルカス(女たちに向けて)
彼女をここに留めておきなさい
私は義務を忠実に果たすまで
私がこの残酷な将兵たちを撃退するまで
イピゲネイア(去っていくアルカスに)
無駄な努力をしないでください。
(女たちに)
母を助けに行ってください
私の最後の瞬間を見なくてすむように
そして私に務めを果たさせてください
神の怒りは私が鎮めます
私には死ぬ覚悟ができています
第3幕は、ギリシャ軍将兵たちの怒りの合唱で始まります。女神の神託通り、生けにえを捧げなければ、いつまでも当地アウリスに足止め。早く戦で手柄を立てたい将兵たちは、もはや暴発寸前です。王の側近、アルカスは何とか将兵たちを鎮めようとしますが、既に神意に従う覚悟を決めたイピゲネイアは、それを無駄なこと、と退けます。そして、自分が殺される場面を母が見ることのないように、侍女たちに母を遠ざけるよう依頼します。将兵たちの責めたてるような合唱は、バッハの受難曲で「イエスを十字架につけよ」と無情に詰め寄るユダヤ人群衆の合唱を思わせます。
第39曲 レシタティフ
王女よ、私に従ってください!
群衆の叫びも無茶な怒りも恐れないで
私が睨みつければ、
彼らは恐怖に震えるただの烏合の衆となるでしょう
アキレウスの保護のもと、
あなたは安全です
さあ、来るのです
イピゲネイア
ああ!
おお、何と恐ろしい義務なのでしょう!
さあ、貴重な時間を無駄にしないないで
イピゲネイア
つまらない女のために武器を取ることこそ無駄です
主よ、女の死のために…
なんという情けないことを言うのですか?
あなたは信じないのですか?
私の運命が、
私の人生と幸せが、
あなたの命にかかっているということを?
イピゲネイア
あなたは私にとって大切なひとです
それを否定することはできません
神々が求められるほどの私の命
それはあなたのものであり、
この上なく優しい愛です
それを永遠にあなたに捧げます
続いてアキレウスが登場し、婚約者である王女を守って見せる、あんな将兵ども、自分の前では烏合の衆だ、と見栄を切ってみせます。しかし、イピゲネイアは、そんな婚約者の愛に心動かされつつも、神の意思には従わなければならない、と応えます。ふたりの葛藤が交錯する、見事で劇的なレシタティフです。
第40曲 エール
イピゲネイア
私の運命は定めに従わなければなりません
私は墓までたじろぐつもりはありません
そう、
祭司のナイフが私を刺し貫いても
私はあなたに言いましょう
愛していると
私の最後の息吹もあなたのためだけのものです
イピゲネイアは、神意に従う思いと、死んでもアキレウスを愛している、という強い思いを、美しく穏やかなのに、毅然とした意思が感じられるアリアで伝えます。彼女の強い決意に心打たれます。
第41曲 レシタティフ
それで私を愛しているといえますか?
まだ信じていないのですか?
私がどんなにあなたを愛しているか
私を残して死ねるのですか
イピゲネイア
トロイアに出発してください、主よ
栄光があなたを待っています
神々はあなたに不滅の業績を与えます
あなたが活躍するべき場所
私の死がそこにあなたを導くことができます
引き換えに私の輝かしい栄光を
あなたは欲しいというのか
それはあまりに残酷だ
いっそのこと私はあなたを嫌いになりたい!
彼女の決意に納得できないアキレウス。しかしイピゲネイアは、英雄としてトロイアで歴史に永遠の名を残す運命を、自分のせいで変えてはならない、と伝えます。むしろ、自分が死ぬことによって、アキレウスが功業を全うすることになる、それこそ本望、と、まさに英雄的な心情を吐露します。しかしアキレウスは、自分のために彼女が犠牲になるなんて、とても納得できません。

第42曲 エール
イピゲネイア
さようなら
魂の中に留めておいてください
私たちの熱い愛の記憶を
この清い炎が
あなたの心の中で永遠に生きるように
イピゲニアを忘れないで
栄光に値する、
あなたの大切な人生のために
死ぬまであなたを愛しました
イピゲネイアにはもはや、生きるという選択はなく、世のため、大切なひとのため、自分が犠牲となって役に立てる、ということに喜びを見出すまでに、精神的に高みに達しています。そして歌う、別れのアリア。アデュー、という、変ホ長調の切ない歌は、全曲の中でもとくに感動的な、白眉の音楽とされています。
第43曲 レシタティフ
なたなしでアキレウスが生きていけるとでも?
いいえ、いいえ
私は神に抗います!
あなたが何と言おうと、
私はあなたをこの場所から引き離さなければなりません
来てください、王女よ
あなたは私に従わなければなりません
イピゲネイア
嫌です!
あなたの望みは何ですか?
イピゲニアを信じていたあなたが
ご自身の栄光と義務を忘れることができるのですか?
あなたにとってそれは命よりも大切なものなのです
ああ、神を裏切ることも、
父を裏切ることもなく、
私は死を受け入れます
そして自分の手で自分を解放します
あなたがあえて私に申し出た
罪の手助けから
とにかく従いなさい
ひどい人よ
最も恐ろしい死を求めて行くがいい
あの忌まわしい祭壇へ
私はあなたの後についていきます
そして、あなたのために用意されている打撃を阻止します
イピゲネイアの覚悟を聞けば聞くほど、その理不尽な運命にアキレウスの怒りは高まっていきます。そしてふたりの意思は、ついに口論となり、ドラマはクライマックスに達します。
第44曲 エール
怒りの剣を突き刺されたカルカスが
私の最初の犠牲者になるだろう
犯罪のために飾られた祭壇など
私の手で打ち壊してやる
そして、戦いの混乱の中で
あなたの父上が私の怒りに歯向かおうとしたならば
私に打たれ、倒れ、命が絶たれるのだ
そしてそれもあなたのためなのだ
我慢の糸が切れたアキレウスは、神の意思など糞くらえ、愛する人を守るため、まずは祭司カルカスを血祭りに上げ、全てをぶち壊してやる、と、二長調、アレグロで戦いのアリアを歌います。この勇壮な、ヘンデル風の歌は初演の際、聴衆を熱狂させ、興奮したひとりの士官が思わず剣を抜き、舞台の上に駆け上った、と伝えられています。
第45曲 レシタティフと合唱
イピゲネイア
なんという残酷なこと!
彼は言ってしまう
おお、天よ!
あなたの怒りを私の死で満足させ
大虐殺と犯罪を阻止してください!
合唱
ならぬ、ならぬ、
我らは我慢できない
生けにえを神から奪うことなど
神々は彼女の死を命じた
彼女を逃がしてはならない
アキレウスの怒りから、自分ひとりが死ねば収まるのに、さらに犠牲者が増えるかもしれない、と、イピゲネイアは絶望します。そこに、また将兵たちの抑えきれない要求が迫ります。もはや時間はない!
野蛮人よ!
非道な怒りを実行に移す勇気があるのか
来て私の腕の中で彼女を殺すがよい
(娘は母の腕の中に身を投げる)
おお、娘よ!
イピゲネイア
ああ、母上!
おお、私のイピゲニア!
最後の息が止まるまで
私はあなたの命を守ります
イピゲネイア
運命を引き伸ばすことはできません
神々が彼らを怒らせているのです
お逃げください
ギリシャ人に残虐な仕打ちをさせてください
ああ!
もし私があなたにとって大切なものだったら
立ち去って
反抗的な軍営に行かないでください
血に飢えた群衆の手から私を奪い取るために
ご自分の地位と尊厳を捨てないでください
おお!
私の地位、
私の尊厳、
そして私の人生に、
何の意味があるのでしょう!
私から娘が奪われたのなら
もう日の光など見たくありません
母の王妃クリュタイムネストラも、この切迫した事態に絶望し、自分が代わりに犠牲になってでも娘を守りたい、と訴えます。イピゲネイアは、婚約者に続き、母までもがそのように取り乱す姿に心を痛め、あくまでも神が求めているのは自分、と、健気に留めます。
次回、最後の結末がやってきます。
動画は引き続き、ジュリアン・ショーヴァン指揮、ル・コンセール・ド・ラ・ロージュによる、コンサート形式の上演です。
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今回もお読みいただき、ありがとうございました。
