JUN/2024
2024年6月に中山道自転車旅行を再開することにしました。冬には骨折をしましたが、このために体力を徐々に回復させてきました。
前回と同じ中央本線南木曽駅から出発をして、今回は東へ進んでいきます。
南木曽駅から走り出すとすぐに三留野(41次)となります。
ただ三留野は明治時代の大火で町なみが失われてしまったそうです。
三留野からの街道は国道19号をつかず離れずとなって、次の宿場町である野尻(40次)に到着します。宿内は七曲りと呼ばれるくねくねした道となっていて、それを楽しみながら走っていきました。
国道から少し入っただけなのに、とても静かで穏やかな町なみがあることに驚かされます。
「大桑村長野」
「伊奈川」
「39次/須原」
木曽路の街道筋には水舟と呼ばれる木をくり抜いた水場をよく見かけます。
とりわけ須原は「水舟の里」と呼ばれるほど、水舟が各所に置かれていて、今も野菜や果物を浮かべて冷やしたりするなどして、大切に使われているようです。


「小野滝」
木曽八景の一つとされています。落差は20mもあり、なかなかの迫力です。

「寝覚の旧立場茶屋」
須原から上松までは3里9町もあり、木曽路の中では最も長い距離となっています。
途中、寝覚の旧立場茶屋であった建物は、当時の面影がそのまま残っていてとても風情がありました。



「38次/上松」
上松は何度も大火に見舞われ、上町だけが焼失をまぬがれました。

「木曽の桟」
木曽谷には通行困難な断崖がいくつかあり桟道が設けられました。
そんな「木曽の桟」は中山道の三大難所の一つとされました。今は国道19号線の新しいバイパスもできたましたので、自転車だと景観を楽しみながら軽快に走ることができます。

「福島(37次)」
木曽で一番大きな町で、木曽路の中間地点にあります。
そしてまた江戸と京都とのちょうど中間地点だそうです。
ずいぶん走ってきたように思いますが、まだ半分なんだと驚くとともに、少し嬉しくなりました。まだまだ自転車旅が続くことが嬉しいのです。


「宮ノ越(36次)」
宮ノ越という地名は、美濃国一宮の南宮大社を勧請した南宮神社がその由来とされています。また木曽義仲ゆかりの地なので、宿内には義仲ゆかりの史跡が多いと感じました。
宮ノ越宿を少しいくと、巴状に渦を巻く淵「巴ヶ淵」があります。これもまた義仲ゆかりの巴御前にちなんで名付けられたといわれています。
「籔原(35次)」
静かで穏やかな木曽川源流の里でした。名産品は「お六櫛」。
このあたりの特産である堅牢なミネバリの木を材料とした櫛です。
原町清水で水を汲んで、鳥居峠へと向かいます。

「34次/奈良井」
「奈良井千軒」と謳われるほどの賑わいを見せた奈良井。
宿場町は奈良井川に沿って約1kmもあり日本最長の宿場でした。
奈良井宿を象徴する建築様式「出梁(だしばり)造り」は、2階部分が1階部分よりもせり出すように造られ、その佇まいは重厚感にあふれています。



「平沢」
奈良井の隣にある平沢は木曽漆器の町として知られています。
その町並みは重要伝統的建造物群保存地区にも指定されており、漆器店やその蔵が多く建ち並んでいます。

「道の駅 木曽ならかわ」
道の駅で休憩をとります。
大好きな木曽漆器も販売されていて、あれこれほしくなります。
えごまのアイスクリームがおいしかったです。

「贄川(33次)」
木曽路十一宿最北端の宿場です。馬籠から続く木曽山中でしたが、ようやく抜けることができました。

木曽路の出口、松本平の入り口となる本山(32次)は、小さな宿場ですが、風情ある町並みが残っていました。
次の洗馬(31次)にある善光寺道との追分を右に進んでいきます。

塩尻(30次)を後にすると、塩尻峠への長い坂道がはじまります。
木曽の山中を走ってきたので、かなり足にきています。最後は自転車を押して、上りきりました。

ようやくたどりついた塩尻峠から諏訪へのたいへん急な坂を下ると、諏訪湖が見えてきました。

「29次/下諏訪」
諏訪大社下社の門前町だった下諏訪は、中山道と甲州道中の2つが交差する交通の要所として栄えました。
また下諏訪は中山道唯一の温泉地であり、諏訪大社下社の境内にある手水からは温泉が流れ出ています。
本日は、ここ下諏訪の温泉で疲れを癒します。

