DEI(ディー・イー・アイ)とは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字を取った言葉で、組織や社会において多様な人材を活躍させることを目指す考え方です。アメリカの民主党をはじめとするリベラルな考え方で、アメリカ共和党のような自由と実力主義に重きを置く保守派は慎重な姿勢をみせてきました。
- 逆風が吹き荒れるDEI
- DEIに関する7つの誤解
- ケーススタディ1:BBCの「50:50プログラム」
- ケーススタディ2:ヘレナ・モリッシーの「30%クラブ」
- ケーススタディ3:マサチューセッツ港湾局の入札条件
- この本を読んだ感想
逆風が吹き荒れるDEI
民主党のオバマ・バイデン政権はDEIを推進してきましたが、新たに大統領となった共和党のトランプ大統領は反DEI政策を打ちだしました。連邦政府のDEIポリシーを終了する大統領令に署名をして様々な省庁でDEIのポリシーが廃止となっています。この動きは民間企業にも波及してマクドナルド、ウォルマート、グーグル、アマゾンやアクセンチュアなど名だたる企業が続々とDEI廃止もしくは見直しに動いています。
こんなDEIに逆風が吹き荒れる中に出版されたのがハーバード・ケネディ・スクール(ハーバード大学の公共政策大学院)で女性公共政策プログラムの共同ディレクターを務めるアイリス・ボネットとシリ・チラジによる本書『Make Work Fair』(仕事を公平にしよう)です。タイトルからも分かる通りDEIをいかに企業に浸透させるかを議論する内容となっています。なんというか、非常にタイミングが悪いというか良いというか。
本書が対象としているのは事業責任者なのだと思います。副題が「データに基づく成果に結びつくデザイン」(原題:"Data-Driven Design for Real Results")ですので、ビジネスケースが豊富に用意されています。ただ「誰でも実践できる」という触れ込みではありますが、内容的には現場レベルではなかなか難しいと感じました。
DEIに関する7つの誤解
著者はまずDEIに関する誤解を解くことから本書をはじめます。
- バイアスは個人レベルで変えられる(変えられない)
- トレーニングで人の行動は変わる(変わらない)
- ワークショップなどのプログラムで変えられる(変えられない)
- DEI担当者が責任者(全員が責任者)
- 公平性は能力主義と相反する(能力がある人をより多くのプールから見つけられるので相反しない)
- ゼロサムゲームなので誰かが得をすれば誰かが損をする(仕事はゼロサムではない)
- 公平性と事業性は全く別(公平性を担保することで機会が増えるため、事業にも有益)
このように保守的な考えの人たちからすぐに出るであろう反論を最初に答えることで、残りの本質的な部分の議論を進めやすくする工夫をしています。また、トレーニングやワークショップに代表される絆創膏のような応急手当ではダメで、仕事のやり方やプロセスを本質的に変える必要があると主張します。
ケーススタディ1:BBCの「50:50プログラム」
BBCの「50:50プログラム」は、2017年にニュースルームで始まった、メディアコンテンツにおけるDEIを向上させるための取り組みです。コンテンツにおける女性の代表性を50%にすることを目指し、各制作チームが自主的に男女比を監視・追跡する仕組みを取り入れています。
このプログラムの特徴は、各チームが独自の目標と期限を設定できる柔軟性と、リアルタイムでのデータ収集による即座の調整が可能な点です。当初はジェンダーバランスに焦点を当てていましたが、現在では民族性や障害の代表性にも拡大し、22カ国75のパートナーにも広がっています。
このプログラムは、2017年にBBCニュースのプレゼンターであるロス・アトキンスが自身の番組「Outside Source」で始めた草の根活動がきっかけです。アトキンスは、コンテンツ制作者が自身の制作物における男女比を把握することで、代表性を改善できると考え、番組の出演者の男女比を単純な方法で集計し始めました。わずか4ヶ月で女性の出演者比率は39%から50%に上昇し、この成功を受けて他のBBCチームも自主的にこの手法を採用するようになり、最終的にBBCの公式イニシアチブとして全国展開されることになりました。
英BBC,男女の番組出演比率が同等に近づく|NHK放送文化研究所
ケーススタディ2:ヘレナ・モリッシーの「30%クラブ」
30%クラブは、2010年にヘレナ・モリシー氏によって設立された、企業リーダーシップにおけるジェンダーの多様性を高めることを目指す国際的なキャンペーンです。その主な目標は、企業の取締役会や経営幹部層における女性の割合を30%以上に引き上げることです。
このイニシアチブは、強制的なクォータ制ではなく、企業主導の自主的な取り組みを重視し、企業の会長やCEOに働きかけてトップダウンの変革を促進しています。また、投資家や政策立案者との協力、「教室から取締役会まで」の女性リーダーシップパイプラインの改善にも焦点を当てており、設立以来、FTSE100(イギリスの株式指標:The Financial Times Stock Exchange 100 Indexの略)企業の女性取締役比率が2010年の12.5%から2年以内に17.3%に増加するなど、着実な成果を上げています。
この「30%クラブ」の考え方はマルコム・グラッドウェルの著書『Revenge of the Tipping Point』で紹介されている「マジックサード」(変化を起こすために必要な3分の1という臨界量)の考え方にも呼応します。
資生堂などトップ企業が名を連ねる「30%クラブ」って何? : 読売新聞
ケーススタディ3:マサチューセッツ港湾局の入札条件
マサチューセッツ港湾局(Massport)は2018年5月、ボストンのシーポート地区で新しいホテル建設のための起工式を行いました。この$550百万のプロジェクトの特徴的な点は、開発業者の選定過程において、多様性とインクルージョン(D&I)計画を入札評価の25%の重みづけで考慮に入れたことです。これは建築設計、建設経験、財務能力といった従来の評価基準と並んで検討されるという、非常に異例な取り組みでした。
このほかにもDEIのインセンティブを導入した事例としてアカデミー賞の審査基準の変更についても言及されています。アカデミー賞の作品賞へのノミネート基準がは「オンスクリーンの表現とテーマ」「クリエイティブチームの構成」「業界へのアクセスと機会提供」「観客開発」の4つの基準が設けられ、このうち2つを満たすことが求められるようになりました。具体的には映画の出演者やスタッフに一定以上の人種的マイノリティ、女性、LGBTQ+、障がい者を含めることや、物語のテーマに彼らを中心に据えることなどが基準となっています。
この本を読んだ感想
民主党時代のDEI推進のすべてがよかったわけではなかった
個人的には世の中公平ではないし、公平であるべきだと思います。DEIの推進もすべきだと考えますし、トランプ大統領のDEI排除の方針も否定的にとらえています。一方でDEIに行き過ぎた部分もあるのではないかとも思う部分もあります。GIGAZINEでも紹介されていたアメリカ連邦航空局(FAA)の事例がそれにあたります。
事故発生直後から、ドナルド・トランプ大統領は「さまざまな報道によると、連邦航空局(FAA)は重度の知的障害や精神疾患などに苦しむ人を積極的に採用しているとのことだ」「ジョー・バイデン政権では多様性・公平性・包括性(DEI)政策が重視された」などの話を持ち出し、多様性の重視が事故と直接関係しているかはわからないとしつつも、このような政策が遠因であることを匂わせるような発言を行い、直後に「安全性と効率性よりもDEIを優先するバイデン氏の雇用ポリシーを終了し、すべてのFAA職員を適切な能力のある者に置き換える」という大統領覚書に署名しました。
トランプ大統領の発言は言いがかりに近いものだし差別的だとも思います。一方で民主党政権時代にはDEIを重視して質がおろそかになっていた部分もありました。そういう不平不満がトランプ大統領誕生の後押しになっていたのでしょう。
本書で「誤解」として挙げられている最後の三つは、誤解ではなく事実であるケースもあるのだと思います。
- 公平性は能力主義と相反する(能力がある人をより多くのプールから見つけられるので相反しない)
- ゼロサムゲームなので誰かが得をすれば誰かが損をする(仕事はゼロサムではない)
- 公平性と事業性は全く別(公平性を担保することで機会が増えるため、事業にも有益)
直線では前進しない
アメリカやイギリスのように二大政党が入れ替わり政権のかじを取る利点は多くあると思います。アメリカであれば民主党はリベラルの方向に舵を切り、次に共和党が保守の方向に舵を切る。繰り返しになりますが、個人的には世の中公平ではないし、公平であるべきだと思います。しかし、公平な世の中はまっすぐな一本道ではないのだと思います。左に行って、右に行って、試行錯誤をしながらよくしていくしかないのでしょう。
民主党時代にFAAのような失敗事例があったからといって、DEI政策がすべて否定されるわけではないと思います。しかし、民主党政権では自らの政策を否定することはできなかったでしょう。だから、いま共和党政権が望まれているのだと思います。トランプ大統領はいろいろとヒドイと思いますが、それはそれで民意を反映したものですし、アメリカが前に進むには必要な舵きりなんだと思います。
この本に書いてあることを否定するつもりもないのですが、公平な世の中を実現するにはまだ道半ばで、その途中経過を記した書籍だなという印象を持ちました。