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前回からのつづきです。
展示室の移動の合間に、プロジェクションマッピングで大広間を再現した空間がありました。
豪華な絵の襖が閉じたり開いたりするたびに、その向こうに見える室内(景色)が変わります。
ずっと見ていられます。
▼筆双五十三次 品川 歌川国貞・歌川広重
この展覧会のある品川を画いています。
手前の美人画を国貞、奥の風景を広重が画いています。
錦ーにしきー
謎多き絵師・写楽「大首絵」の世界

薄い透けた布に写楽の画いた大首絵がゆらゆら揺れています。
その絵の間を通り抜け、表裏どちらからも絵を見ることが出来ました。
通り抜けた先には、人気絵師のコーナー。
浮世絵に興味が無くても名前は知っているのでないでしょうか。
息子も「あ、この人知ってる」って。
初代・歌川豊国の門人です。
娘たちは絵師の妻、孫は絵師。
実は国芳・広重を押さえて、江戸時代No.1の人気絵師でした。

人間のしぐさ、架空生物、自然現象、建物、道具、風景と、実に3万4千点以上を画いた絵師です。
北斎は少年期、貸本屋の小僧をしていた説がありますが、どうでしょう(笑)

江戸の定火消し、安藤家に生まれ、その後絵師になった人です。
13歳のときに火消同心職を継いでいます。
安藤広重と紹介されていた時期もありましたね。
安藤は本性、広重は号なので本人は名乗ったことはないそうです。

国芳のことは③に書いたのでパス!(笑)

性は北川、名は市太郎(のちに勇助)。
生前は“うたまる”だったのが、死後いつからか“うたまろ”になってしまった人です(笑)
蔦屋重三郎を版元として、当時人気があった狂歌に花鳥画を合わせた本を出版していました。
鳥山石燕の子だとか、蔦屋の本性が喜多川でそれを名乗ったとか。

生没年不詳の絵師。
10ヶ月の活動期間に145点余りの作品を残しました。
デフォルメした大首絵は、描かれた役者には不評だったようです^^;
江戸のメディアを兼ねていた浮世絵には、当時の衣食楽がたくさん描かれています。



瀧ーたきー
浮世絵師の“色”が鮮明に現れる、諸国の名瀑に迫る。
ここはブログでは良さを伝えられません。
上手く動画は取れませんでした。
次回で最終回になります。
最後までご覧いただきありがとうございます(●'◡'●)