最近読んで興味深かった本の感想を書いときます。
久世光彦著「一九三四年 冬-乱歩」は児島青による漫画「本なら売るほど」2巻で取り上げられ面白そうだったのでkindleにて購入しました。
「本なら売るほど」は古本屋さんが舞台の作品ですが、他にも森茉莉の「枯れ葉の寝床」や澁澤龍彦の「高丘親王航海記」など、自分的にツボる書籍が作中で取り上げられているので「作者さまは耽美がお好きやな」と密かに思っています。

著者:久世光彦
1934年(昭和9年)1月、雑誌「新青年」に連載中の小説「悪霊」の執筆に行き詰まった江戸川乱歩は失踪し、東京麻布にあった「張ホテル」に投宿します。
「張ホテル」は異国的な雰囲気を持つ木造2階建て洋館でしてね、美形の中国人ボーイが乱歩の世話をしてくれるのです。
風呂好きの乱歩は洋風バスタブに浸かり満足しますが、陰毛に白髪を見つけ悲しくなって涙をこぼしてしまう。
乱歩はまだ40歳になったばかり。
世間では「大乱歩」とか呼ばれる大御所ですのに実は自分に自信がない。
このホテルに隠れて、乱歩はスランプを脱しようと「梔子姫」という幻想小説を書き始めます。
「梔子姫」は異形の少女との変態せっくすに溺れこれが純愛だと自分に酔ってるヤベー奴の話です。
愛が暴走してく。
怖えよ。
また乱歩が独白で自分の過去の作品についてアレコレ言ったり、当時の文壇の作家たちの事をアレコレ言ったりするのがかなり面白いです。(知ってる人も知らない人もおりますが)
乱歩に聞いたんかい?と思うほどのライブ感でして、意外にも乱歩が小心者で気弱なのです。(* ´艸`)クスクス
異国情緒あふれるオサレなホテルで、やがて乱歩の周りに何かが起きる・・・・
それと並行して作中作品である「梔子姫」の執筆が進められていく構成です。
1934年1月に乱歩が失踪し「張ホテル」に滞在していたのは実話でして、そこからは作者の創作なのですが、虚実が交錯し現実と幻想が曖昧になっていく展開が実に乱歩っぽいのですがな。
「梔子姫」という作中作品も創作ですが美しく格調があって乱歩が書いたみたいなの。
謎めいた美形の中国人ボーイが乱歩に「大人(ターレン)」と呼びかける場面は、森川久美氏の名作漫画「蘇州夜曲」の黄子満を彷彿とさせテンション爆上げでして、美青年好きの乱歩が彼にときめく様子も微笑ましくニヤニヤしながら読みました。
彼から薫るヘリオトロープってのは、どんな香りなのだろう。
久世光彦は「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」等の演出家、プロデューサーですが、昭和の名プロデューサーは素晴らしい文章の書き手でもあったか。
中国美青年ボーイといい、マンドリンを弾く探偵小説マニアの美人マダムといい、キャラが立ってますし、映像が鮮やかに浮かんでくるようです。
もうめっちゃしびれるぜ!
この甘く耽美的な世界観にずっと浸っていたい気持ちになるところ。

著者:カズオ・イシグロ
カズオ・イシグロのデビュー作。
主人公の悦子は現在イギリスで暮らしています。
過去に日本で結婚していた二郎と別れ、イギリス人男性と再婚し連れ子の景子と共に渡英しました。
その後、次女のニキが生まれましたが、最後まで外国の暮らしに馴染めなかった景子は自殺しています。
長女を亡くした母親を心配して実家に帰ってきた次女を相手に、悦子は長崎の思い出を語りだし、物語は過去の長崎と現在のイギリスを行ったり来たりします。
戦後まもない長崎で悦子はある母娘と出会いました。
佐知子は戦争で何もかもなくしたシングルマザーでして、貧しい現状から抜け出すためにアメリカ人男性と結婚しようとしているが、娘の万里子はほったらかし。
万里子は人になつかない気難しい子どもです。
悦子は娘の幸せも考えずアメリカに行こうとする佐知子が理解不能で、万里子を不憫に思っていました。
まあ悦子は二郎という夫がいるし妊娠中であり佐知子から見れば幸せなご身分です。
だがそんな悦子もおそらくは長崎の原爆で家族を失ってしまったようです。
だからたぶん助けてくれた緒方さん(二郎の父)が好きです。
お義父さんと呼ばず緒方さんと呼んでる。
二郎の父親に対する態度は礼儀正しいようで内心は嫌ってるみたい。
父と子の間には不穏な空気が漂っています。
緒方さんはかつて国民学校の校長をしていました。
これは戦後すぐの日本人が価値観の変容する社会でどう生きたかという話ですな。
戦前の軍国主義と戦後の民主主義で社会の価値観は手の平を返したように一変したのですから、時代の変化に苦も無くちゃっかり変節できる人もいれば戸惑う人もいたでしょう。
教育者として生きてきた緒方さんは、戦後の共産主義に染まった教え子から厳しい目で批判されています。
苦労して頑張ったはずが、なんでか厳しい目で見られるようになり、えっ!俺って老害なの!?と胸糞が悪い今日この頃、緒方さんは時代の流れに対応できない人なのです。
しかし緒方さんもあたいから見れば胸糞悪い男尊女卑でしてね、この時代の男はみんなそうか。
妻は夫の隷属物だから、「選挙で夫と同じ人に投票しないと言う妻を殴ったが妻は意見を変えず結局夫婦で違う人に投票することになった」という話を「おかしい」「なぜ夫婦で違うのか」とずっと言ってる。
そうか、これが戦前の日本社会なんだな。
恋愛結婚などない時代だから、恩人の息子と結婚することが幸せだと悦子は思い込もうとしたのだろうが、二郎の妻に対する態度も胸糞。
妻は女中なのか。
変わろうとしない男たちと対照的にプライドを捨てても生きるためになんでもやったるぜと腹をくくる女たち。
それにしても嚙み合わない会話は本音と建て前が違うからなのか。
本心を言わないから、なんかイカサマっぽいし。
何度も同じセリフが繰り返され、イライラするしモヤモヤするし、疲れた。
こんな感想になっちまったが、映画観た方がいいの?