三国志攻略7日目
前回は194年の1年の様子だったので今回は195年の1年に挑戦します。
前回の様子はこちらから↓↓↓
195年も始まってすぐに

董卓軍にいた陳武を引き抜き翌月に見てみると

兵20000あり武力もそこそこ強いけど忠誠40と低いので

金1000ほどこして忠誠を上げました。
公孫瓚軍を攻めてもらおうと目下兵を訓練中の孫策軍ですが

兵能力が100になりました。
これで準備は整ったので見てみると

糜芳の忠誠が低いので

引き抜かれないように金1000をほどこして忠誠を上げました。
3月の劉備の番になり良い武将が居ないか探していると

26国に馬超を発見♪
ぜひ我が軍に迎えたいので引き抜こうとしますが

中々良い返事を貰えません(^^;
君主自ら出向く方がいいのかな?と思い自ら出向こうとしましたが・・・

危険ですってどう危険なんだろう?
気になるのでセーブしてから試しに行ってみると・・・

劉備が捕まり

やられましたΣ(・□・;)

君主がやられるとこんな感じになるんですね(^^;
それにしても馬超なんて野蛮な・・・
危険ですは本当に危険なのがわかったのでロードしてやり直して馬超はまた改めて挑戦するとして

董卓軍の劉曄を引き抜きました。
翌月4月には

徐盛を引き抜きました。
5月には

韓遂を引き抜きかなり董卓軍の武将を減らしました(^^♪
5月の孫策軍の番になり

いよいよ3国の公孫瓚軍を攻める事に。

攻め込む武将は孫策、夏侯淵、蔣欽、甘寧、賈詡でいきます。

この言い方は余裕なのかな?
攻め込んで武将を配置し

公孫瓚が守る城へと進めます。

武将によって機動力が違うので(訓練度が完全に上がってないみたいです)夏侯淵が少し遅れてますが兵糧を守る賈詡以外は公孫瓚に近づいて囲んで一斉攻撃で兵を減らしていきます。

夏侯淵が合流したときにはもう公孫瓚の兵は残りわずかになり

ついに公孫瓚を捕らえましたが

有無を言わさず首切るんですねΣ(・□・;)

君主が居なくなり

公孫瓚軍は公孫瓚しかいなかったので滅亡しました。
無事3国を手中に治め劉備軍の番を待っていると

黄蓋軍に韓遂が引き抜かれました。
兵奪っておけばよかった(^^;
6月の劉備軍になり久々に武将確認してみると

徐盛が忠誠低かったので

金1000ほどこして忠誠を上げました。
7月になり

引き抜かれたくないので張遼も忠誠を上げておきました。
7月の孫策軍になり3国を奪った本当の目的の

大好きな趙雲を在野で見つけました(^^♪
このままでは在野にいるままなので

8月の劉備軍の時に登用しました。
3国にいるので孫策軍の番の時に見てみると

趙雲めちゃくちゃ強いですね♪
でも忠誠が低いので

金1000をほどこして忠誠を上げました。
これで77くらいまでは上がったかな?
9月の劉備軍になり再び馬超引き抜きに挑戦すると

今度は無事引き抜くことに成功しました♪
が、喜んでいたのもつかの間すぐに・・・

蔡瑁軍に引き抜かれてしまいました(^^;
10月になり劉備軍の番になったらまた引き抜こうと待っていたら

委任していた17国が18国へと攻め込みましたΣ(・□・;)
勝手に攻め込むんですね(^^;
ドキドキの結果は・・・

見事に董卓軍に勝利しました♪
ここまで地道に武将を引き抜いてたおかげですね。
劉備の番になりすぐに

馬超を蔡瑁軍から引き抜き返し11月になって確認すると

忠誠48だったのですぐに

金1000をほどこして忠誠を上げました。
1年終わりの12月の劉備軍の番を待っていると

いつの間に董卓軍に黄忠がΣ(・□・;)
今は引き抜かれて劉焉軍にいるので12月の劉備軍の番で

劉焉軍から引き抜きました。
これで五虎大将軍揃いましたよ。
この1年で一気に集まりました♪
これで195年の様子を終わります。
それにしても195年は色々ありましたよ(^^;
次回は196年の様子をお送りします。
最後まで読んでくださってありがとうございましたm(__)m
それではまた次回に(^_^)/
その他のブログはこちらから↓↓↓