
皆様は茨城のり子さんという詩人をご存じでしょうか。素晴らしい作品を残されている方ですがその中で自分が大切にしている言葉をご紹介。
詩人、茨城のり子氏について詳しいわけではありません。
しかし、一度目にしたら忘れられない、そういう言葉があります。茨城のり子氏に限らず、読者の皆様にもそういう言葉があるのではないでしょうか。今回は斉藤さん。の中で大切にしている言葉をご紹介します。SNS社会の現代において、一つの処方箋になるのかもしれません。
茨木のり子の言葉が教えてくれること

「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」といった詩がとても有名です。「クローズアップ現代」という番組で、77歳の茨木さんの言葉が流れました。
「物事でも人でもそうですけど好き嫌いはありますけど、それは本人にとっては大事なことでね。嫌いなものは嫌いでいいんだし、それは変であると思ったら変であるというところに、立つべきだというふうに思うんですね。それが未だに駄目ですよね。
たとえば、あのオウム真理教なんかも一つの大きなあれですけれど、あんなに優秀な若者たちが、殺人にまで至るということがですね、自分の感性、自分の感受性でものを捉えていなかったってことでしょ。で、引き返すこともできたと思うんだけど、あそこまで突っ走てしまったってことは自分自身がないに等しいですよね。
うん、だから戦後60年近く経ちますけれど、まだ個人ってものを確立できてないなっていう感じがとても強いですね」
これってとても大事なことだと考えています。
特に近年ではSNS等で、マイナスのことを言うのが憚られるような雰囲気があります。例えば映画。興味がないとか、つまらないといった発言をすると「なんでそういうことを言うんだ」みたいな攻撃をする、される。そういう時代。
「あり/なし」をはっきり伝える理由
このブログでは、良いと思うものは「あり」、そうでないものは「なし」と率直に書いています。
その結果、価値観が合わない方には不快に感じられることもあるようです。
ただ、斉藤さん。は「なし」と言うこと自体を悪いとは思っていません。むしろ、自分の感性を守るために必要な態度だと考えています。
もちろん、ブログ運営だけを考えれば、良いことだけを書いたほうが得かもしれません。でも、それでは不誠実ですし、私自身のスタイルではありません。
日本に“クラシックスタイル文化”はあるのか

「日本には洋装のクラシックスタイル文化は存在しない」
これは赤峰先生の言葉ですが、私はこの考えに強く共感しています。
日本にあるのは“ファッション=流行”であって、文化としてのクラシックではない。雑誌や動画も流行を追うことが中心で、スタイルの本質を語る場は多くありません。
だからこそ、赤峰先生のように一貫した哲学を持つ人の言葉には価値がある。
毎年言うことが変わる著名人もいますが、それはそれで良い。ただ、私はそこに興味がないだけです。
「スタンスを示す」ということ

服が好きな人なら、誰でも「似合う/似合わない」「かっこいい/かっこ悪い」と感じる瞬間があるはずです。それを言葉にするかどうか。
そして、それを自分のスタンスとして示すかどうか。
私は、思ったことを言うなら覚悟を持つべきだと考えています。安全な場所から攻撃するような態度は好きではありません。
昔とあるショップで「ぶっちゃけ似合ってない人に似合ってるっていうことありますよね」って聞いたら「斉藤さん。にはありませんが実際にそれはあります。売るのが仕事だし似合わないって言って怒られても困るので」と言われました。
誠実でありたい
ブログを始めた頃は、もっと“八方美人”だったと思います。
そのほうが受けが良いのも分かっています。でも今は、できる限り誠実でありたい
良いものは良い、嫌いなものは嫌い、分からないものは分からない。
もちろん、私の考えが絶対だとは思っていません。「いや、私は違う」という意見があって当然ですし、それを尊重します。
まとめ。
いかがだったでしょうか。
今回は茨城のり子氏の言葉で大切にしていることをご紹介しました。
ブログをしていてるといろいろな人がいます。少し前まではコメント欄を開放していましたが、あまりにも酷いので閉鎖しました。多くのブログで閉鎖しているのは同じ理由でしょう。
当ブログは筆者である斉藤さん。の考えで書いています。すべて自分の責任。考え方は人それぞれなので「いや俺は違う」ということはあるでしょう。でもそれでいいというかそれが普通でだと思いますので尊重します。
むしろ鵜呑みにするのではなく、ご自身で考えて欲しいと思います。
今回は以上です。ありがとうございました。