世の若者はみんなマッチングアプリをしてる。みんなは言い過ぎだが、してる人は多い。同期で話題に上がることも多い。でもぼくはしない。
市場原理で付き合う人を決めたくないとか、スペックやラベルで人をジャッジしたくないとか、知らん人と会いたくないとか、めんどくさいとか、まあいろいろあるんだが、それらはすべて枝葉で、根っこは一つのものに行き着く(直根性!)。それは、ぼくにとって恋愛は目的ではなく帰結だからだ。恋愛を結婚に置き換えても同じことがいえる。
マッチングアプリというものは、恋愛または結婚という目標に向かって(これも疑わしい場合があるが、そういう話は置いておこう)男女が参画するものだ。恋愛するために異性と会う。寂しさを紛らわすため、暇つぶし、結婚を前提に、見ている景色は人それぞれだが、恋愛するためという目的は一致しているはずだ。
でも、そういうことにあまり興味がないぼくにとって、恋愛は帰結だ。だいたい人付き合いですらめんどくさいのに、恋愛だなんてやってられない。ぼくにとっての恋愛は、人付き合いの中で生まれてしまった感情への対処に過ぎない。恋愛したくてしてるんじゃなくて、特別な感情を持ってしまった場合に、仕方なくするものだ。結婚も同じことで、結婚せざるを得ない感情を抱いたときにするものだと思っている。
これは別に、マッチングアプリを使うことを責めているわけじゃない。要はどこに重きを置くかという話だ。人によって人生の比重は違って、恋愛が最優先なのは何もおかしくない。むしろ生物としてまっとうといえるだろう。どちらかというとおかしいのはぼくの方で、まあだって、ぼくの職種でマッチングアプリをしない理由っていうのはほぼイコール結婚ができない理由であって、だからこの話で笑いものになるのは、ぼくのほうなんだ。