麻生副首相は、七月二九日に開催された国家基本問題研究所のシンポジウムで、下記の通り発言した。

問題になっているのは麻生副首相の歴史認識そのものである。
ナチスに関する歴史的事実を確認すると、
一九三三年、首相就任直後にヒトラーは国会を解散させた。
選挙期間中の「国会炎上事件」を口実に、ヒトラーの要請で大統領緊急令が発動されて基本的人権を保障する憲法の七条項が停止され、政府は多数の共産主義者、社会民主主義者などを弾圧・逮捕した。
ドイツ全土で突撃隊員(SA)が民家に押し入り、逮捕者の拷問を行い、民主主義諸政党の集会や出版は禁止・妨害された(一説ではこの選挙期間中に、五〇人以上の反ナチスが殺害されたとされる。)。
また中央政府による便宜と大企業からの資金提供を背景に、国営ラジオ、大集会、掲示板など、あらゆる広報媒体を通じてナチスの宣伝が行われた。
しかしそれでもナチスは過半数の議席を得ることはできず、ヒトラーは、政府が国会に諮ることなく独断で法律を制定できるとする「全権委任法」の成立をはかった。その成立には三分の二の議員承認が必要だったが、ヒトラーは必要数の野党議員を逮捕して決議への参加を阻み、同法は成立された。
この後ヒトラー政権はナチス以外の政党を認めず、労働組合や政党を一元化するなどして、ファシズム独裁国家をつくりあげた。これらは周知の事実である。