「デイリーノート」とかけまして「コンステレーション」と解く。
はて? そのこころは。
コンステレーション
『ジャック・ラカン』で「コンステレーション」という概念を見つけ、 あれこれ繋がっています。
ちょっと前に「液状化と結晶化」という言葉を教えてもらい感動しました。 放送作家のノウハウとして2つのテクニックがある。 いろいろなアイデアを一度バラバラに分解しておく液状化と、 季節などのテーマに応じてアイデアを組み立て直す結晶化。 つまり日頃蓄積しておいたネタを、 放送時は時間枠に合わせ繋ぎ合わせる。 そうやってシステマティックに番組を作っていきます。
この「液状化と結晶化」のペアをまとめる良い言葉はないかと。 「液晶化」とか考えたけどイメージしにくいし。 そう悩んでいたのですが「コンステレーション」、いいですね。 星座。 バラバラに光る星々が不意に「小熊」に見えたりする。 星座には液状化と結晶化の作用が隠れています。
ただ番組制作の場合は、あらかじめ「節分」とか「バレンタイン」とか、 コンテキストが先に与えられて結晶化します。 星座はそうではありません。 ぼーっと見上げていると、それとなく「小熊」が浮かび上がってくる。 コンテキストが後から追従する。 意識して「小熊」になるように集めたわけではありません。
かといって、まったく主観的なわけでもない。 幻覚ではない。 他の人に説明したら「ああ、あそこね」と同意してくれる。 主観と客観のはざまに「星座」は成立します。 とはいえ、そんなくっきりと「小熊」が見えるわけでもないですが。
書くときにも、そうした「星座」は訪れます。 意図的にこちらからコンテキストを与える場合と、 意図せず向こうからコンテキストが浮かび上がる場合。 前者は能動態的で、後者は中動態的。 そして気になるのは後者のほう。
自分で発見して、自分でびっくりする。 そうしたテキストを編んでみたい。
デイリーノート
デイリーノートをネタ帳として使っているとアイデアが貯まります。 貯金が増える。
ネタはその日のタスクでも、 読んだ本からの抜書きでも構いません。 前に書いたように、 驚愕・懐疑・挫折もネタになります。 それが漫然と箇条書きされている。
これを星空として眺める。 一度文脈を切り離して単語の羅列だけを見てみる。 その中で手がかりとなる二項対立を拾い上げる。
今回のこの記事は 「コンステレーション/デイリーノート」の二項対立です。 これを見つけて「面白そう」と思い、そうデイリーノートに書きました。 ノートコンポーザーで切り出し、 今つらつらと書き流しています。
まず「コンステレーション」はどんな連想を生むだろうか。 周りにどんな星が隠れているか、ですね。 「液状化と結晶化」が見えてきました。 「能動態と中動態」も光ってます。 その見えたものをどんどん書き流していきます。 ストリーミングです。
次に「デイリーノート」に移ります。
前に「プランター」に見立てましたが、 いま書きながら「鳥の巣箱」を思い浮かべています。 小鳥がやってきて卵を産み、 その卵が孵り雛となり、やがて巣立っていく。 その「巣箱のイメージ」が湧いてくる。 今そういう連想らしい。
言われてみれば、そこはアイデアを温めておく場です。 アイデア自体はどこからかやってくる。 出自はわかりません。 「自分」からではないのは確か。 なのでイデア界なのでしょう。 そのアイデアを二項対立でツガイにすると卵が生まれます。
この卵はコンセプトです。 conceptionは「受胎」という意味だから受精卵です。 そこから何が出るかは温めてみないとわかりません。 孵らない卵もいくつかある。 無事に育つ保証もない。 なかなかギャンブルです。
運よく成長すれば「巣箱」を離れます。 帰ってくることはありません。 別の人の「巣箱」を探して、そこを居場所にするかもしれない。 旅が好きで、あちこち転々とするかもしれない。 後のことはわからない。 書き手とすると、後ろ姿を見送るだけです。
これがデイリーノートのイメージですね。
浮かび上がるもの
この「巣箱のイメージ」が今回の収穫かな。
たぶん「デイリーノート」だけ考えても出てこなかった。 そう思います。 「コンステレーション」との二項対立で見えてきた星座。 初めから「巣箱座」はあったけど、 単体の連想では届かない領域にある。 二項対立はそれを乗り越えるためのツール。
「デイリーノート」を「異なるものを結び合わせる場」と見る。 でもそれは意図してではありません。 偶然の力を借ります。 偶然に液状化が起こり、偶然に結晶化する。 そうした場としての「星座」をイメージしている。
よく考えると、ここのところ「ラブコメ」を考えていますよね。 正反対の二人が出会うと何が起こるか。 これって二項対立でした。 「巣箱」です。 アニメの話が続いていたのは、このテーマの辺縁をぐるぐる周っていたのか。 なんてこった。
二項対立は「対立」ではありません。 「恋愛」なのです。 そう考えると、テトラ・レンマの「Aでもなく、非Aでもなく」も 「恋バナ」に見えてきます。 自己原因でもなければ、誰かのせいでもない。 ご縁があって巡りあう。 そして二項対立を止揚した先、 二人が出会って生まれるのは「子ども」ではありません。 星座です。
今までは「見えるもの」しか見てなかった。 昼の世界はくっきりしています。 でもそこには「見えないもの」もあった。 アイデンティティが一度崩壊し「夜」になります。 いわば「狂気」と直面する。 「夜」になって初めて星空の存在に気づく。
ゲシュタルトでいう「地」。 それが出会いによって浮かび上がってくる。 すると、停滞していた空気が流れを取り戻し、 新しいものを呼び込む力を取り戻します。
どうやら「書く」とはそういうことらしい。
まとめ
『starnge Fake』に登場のシグマくん。 切嗣のアシストをしてた舞弥さんの息子だって? じゃあ、こっちが主人公なんだろうか。
で「切嗣」って名前が「液状化と結晶化」。
ジャック・ラカン──フロイトへの回帰 (岩波新書 新赤版 2097)