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見えないものと見えないこと

ディンドン、ディンドン♪

透明男と人間女

落ち着いた雰囲気の大人のラブコメ。 たしかにこれも第1話で 「片思い」をすっ飛ばして「両思い」になります。 これがタイパか。

なにしろ小学生でも「彼氏・彼女」のいる時代。 付き合い始めるまでのハードルが低い。 でも『負けヒロインが多すぎる』で言っていたように、 そうしたカップルは一年もたない。 持続するノウハウがないのです。 そこでマンガが「モデルケース」を提示し始めたのかもしれない。

思春期センサー 子どもの感度,大人の感度

岩宮 恵子

『思春期センサー』にあったように、 今の子どもたちは「いつメン」の段階から 「恋愛」に一足飛びに進みます。 ハードルなどないに等しい。

「いつメン」とは「いつものメンバー」のことで、 学校だけでの付き合いです。 「友だち」ではありません。 教室で孤立しないための「近所づきあい」です。 お互いに同じ趣味を持っているかのように振る舞い、 笑顔を絶やさないように努力している。

家に帰るとドッと疲れが出る。 でもSNSでメッセージが来たらすかさず既読をつけないといけません。 スマホとにらめっこです。 怠ると、次の日から学校での居場所がなくなる。 家でも学校でもずっと「業務」に携わっている状態です。 「携帯」だけに。

この「いつメン」から抜け出せる道が、 彼らにとって「彼氏・彼女」らしい。 カップルになると「いつメン」を免除してもらえる。 しかもカップルの間では「素の自分」を出していいことになっている。 キャラを演じる必要がない。

そうした理由で彼らは「恋愛」に憧れています。

恋愛とは何か

ただ、昔の人間からすると「チャム期」がないように見えますね。 大勢の友だちと過ごす「ギャング期」から、 心許せる親友を見つける「チャム期」を経て、 最終的に男女の「恋愛期」に移行する。 昔の対人関係にはそうした道筋がありました。

もちろん同性愛が認められる現代では、 異性愛を前提とする発達観は時代遅れです。 でも「友だち集団→親友→恋人」の順は問題ないでしょう。 異性の親友がいてもいいし、同性の恋人がいてもいい。 選択の幅が広がったわけです。

つまり「素の自分」を出していい相手とは「親友」です。 その期間に衝突があったり修復があったりで、 人としても深みが増してから「恋愛関係」に進む。 「親友」に性的な要素を統合することで「恋愛」になります。

すると「いつメン」からの「恋愛」とは 「親友」のことではないか。 『透明男と人間女』の鬼木羅氏と斑糸くんのエピソードは、 古い人間からすると「親友」の話です。 自分と波長の合う友だちを見つけた。 でもそれが今では「恋愛」と見なされている。

「親友」と「恋人」の区別がなくなっている。 もしかしたらもともと 「恋愛」などなかったのかもしれません。 同性の親友を「親友」、 異性の親友を「恋人」と呼び分けていただけかもしれない。 そもそも古代ギリシア語の「愛 philos」とは「友愛」です。 親友と恋人を区別する必要はなかった。

たぶん「恋愛結婚」というものが発明されてから 「愛」と「結婚」とをつなぐ概念として「恋愛」が立てられたんじゃないか。 プライベートなものとパブリックなものとの合成なので、 アーレントの「社会的なもの」と関係ありそうに感じます。

なぜ見えないのか

遠乃眼氏は透明人間で姿が見えない。 夜香さんは視覚障碍者で目が見えない。 この二重の「見えない」が『透明男と人間女』のテーマです。

これはわかりやすいです。 だってこのアニメは「見えないもの」がテーマだからです。 「見かけが9割」が通用しない。 そこでしか「恋愛」は語れないからです。

つまり「こころ」ですね。 お互いの「こころ」を思いやることが「恋愛」であるから、 姿として見えないし、目で見るものでもありません。 「恋愛を続けるとはどういうことか」のモデルになるには 「見えないものを見ることだ」という禅問答になります。 それを象徴的に表現している。

アニメはまだ序盤なのでどう進むか分かりませんが、 二人がなぜ惹かれあっているかまだ謎です。 遠乃眼さんは夜香さんが 「見えない自分を見てくれていること」 に新鮮な感動を覚えたのはわかります。 「素の自分」を見つけてもらえた。 それがうれしい。

でも夜香さんのほうがわかりません。 夜香さんの「見えないこと」はどういう意味を持つのでしょう。 遠乃眼さんが今後どう接していくかかなあ。 それをクリアして結婚。 「やがて結ばれる二人」というサブタイトルがゴールを示しています。

まとめ

そばにいなくても分かり合えるのが親友、 分かり合えなくてもそばにいたいのが恋愛。

だから恋愛には「狂気」が含まれます。 前面に出すと『推しの子』のようにホラーになる。 それを避けると 『着せ恋』のようにコスプレの題材に「狂気」を押し込めたり、 『タンダダン』のセルポ星人のような外部に「狂気」を投影する。 『透明男と人間女』の場合は探偵事務所なので 「狂気」を事件として扱う工夫をしています。

じゃあ『正反対な君と僕』はどこに「狂気」を隠しているかだけど、 そこが不思議で。 強いて言えば、鈴木さんの百面相かなあ。 可哀想だけど美少女ではいられない。




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