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Obsidian:Basesのファイル名だけ2段にcss

いま使っているデザイン。

WebClip

SafariでクリップしてBasesで管理。 この連携はObsidianのアドバンテージですね。

bases.css

前回のcssは「どの項目も2段になる」という問題がありました。 なのであまり情報量を増やせなかった。

今回「ファイル名だけ2段にする」に挑戦してみました。

.bases-view {
  font-size: 18px;
}

.bases-cards-item {
  background: ivory;
}

.bases-cards-line {
  font-size: small !important;
  padding-top: 0;
  height: 1.4em;
}

.mod-title>.bases-cards-line {
  color: navy;
  height: 2em;
  white-space: pre-wrap;
}

.bases-cards-label {
  display: none;
}

ご自分の環境に合わせ数値は調整してください。

使用例

ファイル名がわかりやすくなります。 一行だと「Amazon」だけで幅を取る。

url も表示するようにした。 ブラウザでチェックしやすい。

「書きたいこと」問題

「書きたいこと」があって文章を書くのだろうか、 というお題があったのでちょっと考えてみました。 「読みたいこと」があって本を読むのかに似ているなあ、と。

本を読むとき、そこに「読みたいこと」があるのかどうか、 わかりません。 何が書いてあるのか知らないのだから、 読む前に「読みたいこと」の有無はわからない。

その代わり「読みたいかも」という予感はあります。 本のタイトルを見たとき、パラパラと目を通したとき、 偶然開いたページに面白そうなことが書いてあったとき。 「これ、読みたいかも」と感じる。 心の中で何かをキャッチして胸騒ぎがする。 そんなふうに本を買ったりします。

そして本を読んでみて、アタリだったりハズレだったりする。 「これは読みたかったやつだ」と感動することもあります。 大当たりのとき。 その場合は「読みたいこと」を読んだことになるでしょうね。

なので読むときには「読みたいかも」の予感と 「これは読みたかった」の感動があって、 その間の時間、本を読んでいるという進行形の時間において 「読みたいこと」が立ち上がる。 そんな感じがします。

「書きたいこと」もそれに似ている印象がする。 書き始める前には予感しかなく「何が書きたいか」はわからないけど、 書き進めると「書きたいこと」が生まれてきて、 書き終わって「これが書きたかった」と気づく。

いろいろ書くと「書きたいことがいっぱいあるんですね」と言われるけど、 たぶん書かなかったら「書きたこと」なんて何もないのです。 それが「書きたい」という欲望の不思議なところかな。 「お腹がすいたから食べる」には欠乏があって欲望が生じるけど、 「書きたい」は欠乏に駆られていない。 欠乏の補填ではないので、書かなくても生活に支障はない。

いや、支障はあるだろうなあ。 お腹の中にいろいろ溜まって苦しくなりそうだ。 するとこれは「過剰の放出」なのだろうか。 オナラに近いかも。

まとめ

Webクリップして情報を溜める。 そこに「過剰」が生まれるのかもしれないなあ。 情報が発酵する。 情報が過剰な時代だから、その放出/表現に 「マネージメント」の工夫が必要なのかもしれない。 魂のバランスのためにブログを書く?




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