表組をするときいつも考えてしまう。
二項対立
表(テーブル)とはなんだろう。
その本質は「比較」だと思う。 パソコンの比較をするとき、そのスペックを並べ 「どれを買おうかなあ」と考える。 画面の広さや本体の重さ、バッテリーの持続時間や価格。 そうした項目を表にし、メリット・デメリットを比較する。
その比較は、抽象化すると二項対立に行き着きます。
| 項目 | A | B |
|---|---|---|
| 特徴a | あり | なし |
| 特徴b | あり | なし |
項目AとBに対し、特徴の有無によって分類する。
たとえば:
| プラトン | アリストテレス | |
|---|---|---|
| 出自 | アテナイの貴族 | 西方からの外国人 |
| 哲学 | 理念優先 | 経験重視 |
| 政治論 | 哲人国家 | 修正民主主義 |
各特徴ごとの差異を並べることでカテゴリー化している。 カテゴリーにすることで、 たとえば他の哲学者を「プラトン的/アリストテレス的」 と分類できるようになります。 「大陸合理主義とイギリス経験論は、 プラトンとアリストテレスの差異に端を発している」とか。 そういう議論のツールにできる。
まず表は二項対立を整理する装置になる。
四象限
ただ二項対立は物事を単純化しています。 カテゴリー分けは血液型性格占いと同じで、 複雑なものを把握するのに単純なラベルを使い、 認知コストを下げる狙いがあります。
事細かに考えていたら日が暮れる。 大きく端折って、 手短かに何をするかの指針を得たい。 パソコンを買うなら今日中にポチッとしたいし、 哲学するなら誰から読むかを決めてしまいたい。
でも待て待て。 二項対立は、本当は下記のようではないだろうか。
| 特徴aあり | 特徴aなし | |
|---|---|---|
| 特徴bあり | 項目A | ? |
| 特徴bなし | ? | 項目B |
「特徴aがあれば特徴bもある」とは言えないし 「特徴aがなければ特徴bもない」とも言えない。 二項対立で考えると互いが必要十分条件のように見えるけど、 そこにはズレがあります。 四象限にすると、そのズレが「?」として視覚化できる。
たとえば:
| 解離あり | 解離なし | |
|---|---|---|
| 自我形成あり | 方丈記 | 枕草子 |
| 自我形成なし | 徒然草 |
という表を埋めようとすると、 単純に「日本文化は解離的で自我形成がない」とも言えなくなる。 というかトランプなんかを大統領に選ぶアメリカの方が 「解離的」とも言えそう。 葛藤を抱えることができず、他罰的な問題認識をしている。
災難に逢う時節には
すると「時期」の問題かなあ。 今どの時期にいるか。 大きな危機に直面したときは、 空元気を出してでも乗り越えていかないといけない。 一段落ついたら自分を振り返り、 少し引きこもりつつ「自分」を育てていく。
これもまたプロセスなのだろう。 「今」だけ見たら最悪かもしれない。 でもプロセスの途中であるなら、 通らずに済ますこともできないのだろう。 雨のときは雨のままに、 日照りのときは日照りのときとして過ごす。
二項対立だと項目間に断絶があるように見えるけど、 四象限に描くとプロセスとして動き始める。 「今回は持ち運びを優先して、 次にお金が溜まったら大きなディスプレイのデスクトップにしよう」と プロセスに身を任せれば、 実際何も悩むことはない。
まとめ
お金があれば、だけど。
良寛 旅と人生 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)