昨日から引きずってます。 このテーマは面白い。
可愛い
「可愛い」は「役に立つ」ではないし「楽しい」でもない。 文字通り「愛すべき」ですよね。 愛らしい、lovelyなものを指して「可愛い」という。
哲学だな。 「これが可愛いデザインです」と提示しても、みんながみんな、そう思うわけではない。 個々の感性によって違いがある。 whatで示せるものではありません。
でもhowで表すことはできる。 「私はこうしてこのデザインにたどり着きました」とプロセスを開示する。 たどり着く先は人によって違っても、たどる道筋にそれほど違いはない。 その方法論を「ノウハウ know-how」と呼ぶのでしょう。
どの分野でも言えることですね。 「ノウハウ」を what だと思っているうちは「言われた通りにしたけど可愛くなかった」となるし、まったく時間の無駄でしょう。 でも無駄を重ねるうちに「ノウハウ」のhowが見える瞬間がある。 howが掴めると、そこまでの無駄がすべて「可愛い」に変容します。
体術を学ぶとき、まず「型」から入るのはそれでかな。 「型」はhowの集大成なのだけど、howは「動き」なのでオブジェクトとして示せない。 身体で覚えるしかない。 howを掴んだとき「型」の意味が一気に「わかる」。 技を盗める。
そしてエディタとは体術です。 「考えること」と「書くこと」が相乗効果を出すように身体を運用する。 そのための技術です。 howの集まりになっている。
シンプルに使う
Obsidianで書くときは上のような状態なので、デザインと呼べるのはモバイルツールバーだけです。 むしろ「編集画面以外のものがない」がObsidianのデザイン。 あと、これは関係ないけど、キーボードのazooKeyが可愛い。 本当に可愛い。
個人的に「可愛い」とはシンプルであること。 エディタ自身が存在を主張しないこと。 「考えること」と「書くこと」のあいだに介在するのでバリアになってほしくない。 そういう基準でカスタマイズしています。
シンプルさを優先するのでフォルダ管理も放棄しています。 GridExplorerで履歴管理にする。 ノートを更新日順にカード表示し、月別に区切っています。 書き掛けのノートを探すにはこれで十分。
そういえば最近、サイドバーの項目のタイトルを長押しするとHover Editorで開けることに気づいて、これも「可愛い」になっています。 アウトラインとかいいですね。 普段は最小化できるし、最大化すると見出しの並べ替えがしやすい。
「こうなるといいなあ」と思ったことを実現する方法がどこかにある。 それもObsidianの「可愛い」かな。 よく気が利く。
こちらから「こうしてほしい」と要求するのではなく、Obsidianから「こんなのありますけど」という提示が時々起こる。 シンプルにエディタとして使っていると、タイミングに応じてそんな発見がある。
ほぼ毎日発見があります。 昨日はCalloutを長押しするとメニューが出るのに気づきました。 あまり使わないけど、こういうのも可愛い。
まとめ
howとすると「エディタとしてシンプルに使う」かな。 シンプルに使っていると「こういうのもあるよ」と応えてくれる。 すると「書くこと」が少し楽になる。
そこがObsidianの「可愛さ」だと思います。