
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
実は、昨年の後半に樺太ことロシア連邦のサハリンに行ってまして、そのときのレポートをあげます。本当は去年のうちにあげておきたかったけど、ちょっと年末年始ドタバタしてて2019年に持ち越してしまった。3記事くらいにわけて投稿する予定。
経緯
そもそものきっかけはTwitterだった。
俺が言い出したか友人が言い出したか忘れたが、タイムラインにサハリンの名前が出てきたので「樺太行ってみたい」という呟きをしたところ、友人のH氏が「行こう」と言いはじめた。友人は親族がサハリン出身で彼自身は旧王子製紙の工場跡廃墟に興味があるらしい。
正直なところ、自分はサハリンにある具体的な何かに興味があったわけではない。ただ、「樺太」という言葉の響きにはひかれるものがあった。日本ではよく北方領土の話題が世間を賑わせるが、サハリンの名前はまずニュースじゃ取り上げられない。最近は『ゴールデンカムイ』の聖地巡礼対象になったくらいか……?「特に侵略したわけでもないのに日本の領土だったけどいまは明確に異なる場所」というのは限られるわけである。それに加えて、樺太への興味を膨らませてくれたのは宮沢賢治だ。サハリンが樺太だった頃、彼は宮城県花巻から樺太は栄浜(スタロドゥブスコエ)までを10日で往復している。マジかよ。まあ、いまでも東京から稚内は鈍行18きっぷで2日で行けるので無理ではない。栄浜にはいまでも「白鳥湖」が存在していて、『銀河鉄道の夜』には「白鳥の停車場」が出てくる。このことや、『春と修羅』所収の「オホーツク挽歌」などがから、宮澤賢治の樺太旅行は氏の作品の執筆に多大な影響を与えたと言われている。そういったエピソードによって、漠然とした「海外」への憧れが具体的なかたちになっていった。
そんなこんなで行くことにした。2人だけでは心許ないので、もう一人、H氏の友人であるB氏も誘った。B氏とはTwitterで相互フォローくらいで、会ったことはなかったが大変気さくな好青年であった。
前準備
大体はH氏が調べてくれたのだけれど、それでもなおかなり面倒だった。
まずロシアに入るためにはビザが必要であり、ビザの取得にはロシアの旅行会社に申請を出して、バウチャーという渡航認定証的なものを発行してもらわないといけない。そして、それを取得したら領事館に行くわけだが、窓口で何時間も並ぶ必要がある。午後に入るとソビエト式お役所仕事により窓口が問答無用で閉鎖されるので、並ぶのが遅いと数時間無駄にして心を折られる(H氏は心が折れていた)。この辺り、旅の前から共産主義的ななものの名残を感じさせてくれるのはなかなかに興味深かった。なにせ平和条約を結んでない国だからな……。
1日目
17時の便で成田からユジノサハリンスク(ホムドヴォ空港)に向かう(そう、実は成田・サハリン間には週2本ではあるが飛行機の直行便が存在する)。税関や出国手続きははじめてなので不安いっぱいだったが、あっさり終わった。考えてみると、日本から外に出る分には厳しくないのは納得。
2時間&時差で+2時間で21時着。
外に出ると、既に真っ暗である。ひとまずバス停に行く。バスが止まっていて、バスの運転手っぽいひとがいたのだが、バスには乗せてくれない。なぜだ。質問をしたいけど、この3人、ロシア語が話せない。みぶり手振りでどうにかしようとしても、相手の行ってることがわからない。この旅行中はGoogle翻訳アプリに大層助けられたのだが、初日はインストールすらしていなかった。身ぶり手ぶりで何かを言ってて、「タクシー」という単語を聞き取ったので、タクシーに乗れということなのかと判断した。なのでバスから離れていくと、慌てて止めてくる。やっぱり乗せてくれて出発。なんなんだ一体。
なんなんだいったい!
11時前までには、駅前すぐにあるホテルに到着した。しかしチェックイン手続きが長い。ロシアではデフォルトなのかもしれないが、パスポートって全ページコピーとるらしいのだ。3人分のコピーをとるのに20分くらいかけてた。他の国だとどうなんだろうか。
素泊まりの安宿2階に3人で2部屋を取った。1人あたり1泊2500円。安い……外国なので当たり前だが、色々な面で日本とは物価が異なるのにびびる。ちなみに都内の路線バスは1回20ルーブル、約40円である。流石共産主義国家、公共交通機関はめっちゃくちゃ安い。しかし、この建物、廊下で微妙に妙な臭いがする。異臭というか、塗料っぽいというか、殺鼠剤めいたなにか。ロシアの洗礼を受けた気分である。ちなみに、1フロア20室くらいあるはずなのにトイレが男女あわせて4個室、シャワールームが1人分しかなかった。安宿である……。
2日目はこちらから。
whiteskunk.hatenablog.com