永世への信仰が人間存在にとってこれほどまでに必要なのは(それをもたなければ、ついには自殺にいたるほどであるのは)、それが人類の正常な状態であるからだ。とすれば、人間の魂の不滅は、疑いもなく存在する。
ドストエフスキー『作家の日記』
人の身体が、その霊の思考と情愛に反応して、自然界における機能を果たすことができなくなるとき(身体は、それを霊界から引き出しているのである)、人の死と言われる。これは、肺の呼吸と心臓の拍動が止まるときに起きる。しかしそのとき、人は死ぬのではなく、ただこの世の役立ちのためにもっていた身体的部分から分離されるにすぎない。というのは、人はまだ生きているからである。人は生きていると言われる。というのは、人は身体によって人間であるのではなく、霊によって人間だからである。というのは、霊が人の中で考え、情愛をもった思考が人を構成するからである。したがって人が死ぬとき、人は一つの世界から別の世界に移行するだけだということが明白である。
スウェーデンボルグ『天界と地獄』445
午後9時ちょっとすぎに電話が鳴ったので、ひょっとしたらKさんからかもしれないと思い(冷静に考えてそんなことがありうるはずがないのだが)わくわくしながら受話器を取ったら、最もつまらないところからのもので、葬式の香典がどうのこうのと最もつまらない(おまけに不愉快な)話題を口にしたので、心が沈みがちになってしまった。
さらに・・・に電話したら、只今試験勉強に励んでいて、将来は会計士の資格を取って就職するのだという元気いっぱいのビジョンを述べられたので、ますます元気がなくなっていくのだった。おまけに相手にそのことを指摘されるほど声からも力が抜けていたのだった。
ああ、都合の悪い過去はすべてなかったことにしてしまいたい。
・・学院から僕が得たものは、ごくわずかな友人とその他の人間との厄介な絆、陰鬱な欲求不満と疎外感に満ちた限りなく忘れてしまいたい思い出だけだ。ただ感謝しているものが一つだけある。中一のクリスマスの時無料で貰った新約聖書一冊。
日記より(1990年1月19日金曜日)
この正月休みに父方の祖母から死んだ祖父についてのさまざまなエピソードを聞かされて、僕の性質と祖父のそれとの驚くべき類似を見出すとともに深く考えさせられた。祖父の晩年は僕からみてお世辞にも幸福に包まれたものとは言い難いものだった。何よりも不幸なことに思われたのは、祖父が祖母をあまり深く愛していないように見えたことだ。…つまり、二人の心の最も深い部分での一致が不可能な人間どうしだったのだ。そればかりでなく、表面的な性格も、教養も、思想も、二人の間にはあまりにも大きな隔たりがあった。内省的な祖父は自分の心がとても祖母には理解不能であることをいち早く察すると、遂に相手とのコミュニケーションの意欲を全く失ってしまったのだった。新婚当初から祖父は驚くほど無口だったという。実は、二人の結婚生活がいかに冷たく殺伐としたものだったかを決定的に示す新婚当初のあるエピソードをこの冬に祖父から聞かされ、開いた口が塞がらなかったのだが、それはここに書くに堪えないほど酷い話である。全く信じられないほど冷酷な祖父の一面を示す話で、現代では絶対に起こり得ない話だろう。まあそれを淡々と僕と母に語って聞かせた祖母の神経も大したものだが。要するに、祖父は結婚に失敗したのだ。会社に勤めている間はともかく、定年後の祖父の心は限りなく孤独だったに違いない。そんな祖父は若い頃キリスト教に熱中し、聖書を愛読していたようだ。貧しさゆえにろくな教育を受けることができなかった祖父は、ちょうど今の僕くらいの歳で、地元に布教活動にやってきた著名な神父(賀川豊彦)の教えに感動し、一時地元の布教団体に加わって慈善鍋など下げて積極的に活動していたようだ。それも長くは続かなかったみたいだが、いずれにせよ若き祖父の心に聖書が深い影響を与えたことは間違いない。ここが僕が祖父に最も共感できる点だ。僕の父は若い頃も今も宗教とは縁遠い人生を歩んできたようだから。祖父が聖書をどこまで深く理解していたかは知る由もない。単に自分の貧しい身をキリストの愛によって救われる喜びを一瞬見出したと思っただけで、結局そんなことは幻に過ぎないと後年は信仰を否定したのかもしれない。…祖父が生きていればその辺のことを突っ込んで話して見たかったところだ。祖父の晩年において(ひょっとしたら一生を通じて)最も不幸だったのは、自分の心の内にある深い思索を吐露し、一緒に心おきなく語りあえる友を持たなかったことかもしれない。しかし祖父は或いは晩年には一種の悟りの境地に入って、自己のうちに平安を見出していたかも知れぬ。それは余人の窺い知るところではない。但し僕にはそう見えなかった。
日記より(1990年1月20日土曜日)
昼食をとっている最中くらいから、今自分が神と共にあるという喜びを心いっぱいに感じたので、急いで図書館に入り、アウグスチヌスの全集の中から『キリスト教の教え』という書物を手に取った。時の経つのを忘れてそれに読み耽った後、『神の国』の最後の部分を収めた全集の中の一冊を借りた。受け付けは・・さんだった。僕の現れる前に・・もビール片手に現れたそうだ。あの髪で駒場図書館に入るというのは勇気の要ることだろう、普通人にとっては。あいつにとっては何でもないことだろうが。
日記より(1990年1月22日月曜日)
親愛なるリスナーの皆様へ:すべての賛美は神に捧げられます。神にこそ、すべての賛美が捧げられるべきなのです。正しい道を歩み、神を追い求めましょう。「求めよ、さらば見出すであろう」とはまさにこのことです。神を通してのみ、私たちは最も素晴らしい賜物を知ることができるのです。
1957年、私は神の恵みによって、霊的な目覚めを経験しました。それは私をより豊かで、より充実した、より実りある人生へと導くものでした。その時、感謝の気持ちを込めて、音楽を通して人々を幸せにする手段と特権を与えてくださるよう、謙虚に願い求めました。そして、神の恵みによって、これが与えられたのだと感じています。神にすべての賛美を捧げます。
ジョン・コルトレーン『至上の愛』ライナーノーツ
「ねえ、いいですか」彼女はふたたびしゃべりだした。「あたくしは何もかもすっかりあなたにお話ししようと思って、長いこと待っていたんですのよ。ほら、あなたがあちらからお手紙をくださったあのときから、いえ、もっとずっと前からですわ…半分はもうゆうべあたくしからお聞きになりましたわね。あたくしはあなたをいちばん正直で、いちばん正しいかただと思っております。誰よりも正直で正しい方ですわ。ですから、もしあなたのことを頭がすこし…いえ、その、ときどき頭のご病気になるなんていう人がありましたら、それは大ちがいですわ。あたくしそうときめて、喧嘩までいたしましたわ。なぜって、たとえあなたがほんとうに頭のご病気だったとしても(こんなことを申し上げても、あなたはもちろんお怒りになりませんわね。あたくしは一段高い見地から申し上げているんですもの)、そのかわり、いちばん大切な知恵にかけては、世間の人たちの誰よりも、あなたはずっとすぐれていらっしゃるんですもの。いえ、世間の人たちなんか夢にも見たことのないほどすぐれたものなんですからねえ。だって知恵には、大切なものと、それほど大切でないものと、二通りあるんですもの。ねえ、そうでしょう? そうじゃありません?
ドストエフスキー『白痴』