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『平和と愚かさ』感想③

今朝公園で遊んでいる夢を見た。中原昌也と一緒だった。地面に大きな穴が開いていて、入ってみると中はスポンジのような壁でできたトンネルで、階段を下りていくと壁に突き当たり、そこからまた下に向かってトンネルが延びている。どこまで行ったら底に着くんだろうと思ったところで目覚めた。

中原昌也とは十年位前に一度だけ中野の「タコシェ」で遭遇したことがある。一言も言葉は交わしていないが、そのときに知り合いでもなんでもない自分にとても丁寧な態度を取られたのでひどく好感を持ち、この人が多くの友人から愛されているわけが少しわかった気がした。同い年の彼が周囲のひとびとに支えられながら力強く生きている事実はぼくを静かに力づけている。

 

東浩紀の生年月日からそれぞれ1を引くと自分の生年月日になるので勝手に親近感を覚えている。

『平和と愚かさ』は〈反政治的〉という意味において小林秀雄の系譜を受け継ぐものであると前回述べた。

そして東がこの本の中で「平和の記憶(または忘却)」について論じるのは、小林秀雄が「歴史とは上手に『思い出すこと』だ」と述べていることとの対比として見ると興味深い。

小林は、歴史とは実証的に客観的な出来事を記述することではなく、人間が出来事をどういう風に経験したか、その出来事にどういう意味合いを見出したのかを「思い出す」行為こそが歴史なのだという。

過去を振り返って、あのときこちらは加害者だったとか被害者だったとかいう表面的な知識のみによりかかって他者を攻撃したり勝手に反省したりするのは小林に言わせれば歴史的な態度とはいえないということになるのだろう。

だが、たとえば今の日本人が「あの戦争」を「上手に思い出す」というのはどういうことなのだろうか。

小林自身は戦争には出兵せず(従軍作家として取材のため中国に行ったのみ)、戦時中は専ら「無常ということ」や「実朝」などのエッセイで中世日本文学を題材にして歴史を「思い出して」いた。そして戦後に文学者としての責任を問われて「僕は反省なぞしない」と啖呵を切り、その後も死ぬまで文壇に君臨し続けた。

 

東は『平和と愚かさ』にハルビン郊外の「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」を訪ねたときのことを書いている。東は小学生の頃森村誠一の『悪魔の飽食』を読んで衝撃を受け、それ以来〈組織的な悪や虐殺の問題〉について思いを巡らすようになり、評論デビュー作のソルジェニーツィン論もそのことを主題にしている。つまり彼の思想家としての原点といっていい。

これは論考ではないので論証をすっ飛ばして書くが、東は七三一部隊にみられるような戦時犯罪の本質を「固有名の剥奪」=「意味の剥奪」に見ている。東はそれを「数値化の暴力」と呼ぶ。

それは小林の言葉で言うと「人間が出来事をどういう風に経験したか、その出来事にどういう意味合いを見出したのかを思い出す」ための手がかりを奪ってしまう行為である。

 

東はこうした「数値化の暴力」による加害(被害)を「上手に思い出す」ためのひとつのヒントとして、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』という小説を論じている。

その小説では、歴史と現実に直面する(思い出す)ために単純に名前(固有名)と意味を回復するのではなく、「井戸に潜る」という文学的イメージが用いられている。

 主人公は、井戸に潜ることでなにかの決壊を防ぎ、世界の秩序を回復させる。

井戸に潜ることは「地下=無意識の水脈に気を配ること」を意味する。それは夢と無意識の論理(=文学の力)によって「歴史を思い出す」ことの試みである。

東はこの村上春樹読解を締めくくるにあたり、「この国で、ふたたび暴力が決壊することがあってはならない」と、慎重で全体的にためらいがちなエッセイの後半で、珍しく力強く述べている。

 

皮肉にも、村上のこの小説の第二部(1994.4)と第三部(1995.8)のあいだにオウム真理教地下鉄サリン事件(1995.3)という形で暴力は決壊してしまった。

だがこの国で本格的に「暴力が決壊」するのはこれからかもしれない。東のこの叫びにも似た一文はそのことを暗示しているように思えてならない。

今は「戦前」であるという予感が日に日に強まっている。ぼくは「戦後」に戦争責任を論じるのではなく、「戦前」に各人の戦争責任を問いたい。

そしてぼくは「未来を思い出す」ための縁(よすが)として夢と無意識の論理を用いようとしている。そのために井戸に潜る。

 

『平和と愚かさ』(そしてこの本を第1部とする東の3部作)は小林秀雄吉本隆明柄谷行人に連なる現代日本の思想(批評、哲学)の最終形態ではないかと思っている。




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