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ヒロキトコウジン

先日のYoutube配信で東浩紀が「三宅香帆は浅田彰の再来」としきりに言っていた。

酔っぱらっての放言にツッコむのも野暮というものだが、一躍メディアの寵児になった三宅香帆をニューアカ時代の浅田彰に準えることで柄谷行人の後継者としての東浩紀という立ち位置を確認したいが為の発言にしてもさすがに皮肉がキツすぎて(浅田彰ではなく)三宅香帆に失礼だろう。

東はいつも酔っ払い配信の後半になるときまって「ぼくは柄谷行人の後継者」だということにやけにこだわった愚痴めいた独白を繰り返すようになる。

「ぼくは柄谷がやってきたことをやってきた」

「ぼくは柄谷の失敗を繰り返したくないと思ってやってきた」

「柄谷はNAMを失敗させたがぼくはゲンロンを成功させている」

「柄谷世代は下の世代に冷たすぎたから、ぼくは下の世代を育てたいと思っている」

どんだけ柄谷のことが好きなんだよ。

まあぼくはそんなあずまんのことが大好きなんだが。

 

東浩紀は「ユリイカ」1997年3月特別増刊号に掲載された『柄谷行人について――柄谷行人『探究』の紹介』の中で、「『探究』は70年代の日本で文芸評論家であることが柄谷に強いた、分裂状態=「一人二役」の普遍的意味を追求する作業としても読むことができる」と書いている。

柄谷にとって文学と哲学との乖離は、同時に日本と西欧、前近代と近代との乖離として捉えられていた。柄谷は「探究3」の一年前、日本的な思考風土を理論的に考察する新しい評論「日本精神分析」の連載を始めていた。この「日本精神分析」と「探究」は相互補完的なものとして構想されたと東は推測している。

結局「日本精神分析」という論考は未完となり、現在出版されている同タイトルの書籍はエッセイを混ぜて一冊にまとめたものになっている。柄谷が論じきれなかった「日本論」を次著のテーマにすると公言している東はやはり柄谷の正当な哲学的後継者であるのだろう。




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