人文学者は「この歴史」をたった一回の奇跡として受け取る。したがって、偶然としか考えられないような歴史の細部もすべて重視し、伝統の継承なしにはまえに進めないと考える。対して自然科学者は、「この歴史」を無限の反復の中の一例、統計のひとつのサンプルと解釈する。彼らにとって、本質は歴史ではなく歴史を産出する原理のほうであり、したがって、偶然の出来事はノイズとして排除すべきだし、教科書は新しければ新しいほどよいと考える。人文学と自然科学の制度や慣習のちがいは、基本的にはこの差異から帰結する。
東浩紀『テーマパーク化する地球』(ゲンロン、2019年、166頁)
小林秀雄は『信ずることと考えること』という講演で、哲学者ベルグソンの次のようなエピソードを紹介している。
ベルグソンは、あるパーティで、同じテーブルになったお互い顔見知りの医学者とある婦人が話しているのを聞いたという。
それは夢の話で、いわゆる正夢の話だった。
その婦人は、第二次世界大戦で夫を喪ったのだが、その夫が戦地で戦死するとき、ほぼ同じ時間に、夫が死んで、死ぬ直前に彼が見たのとまったく同じ状況―数人の兵士が夫を取り囲み介抱しているところ―をはっきり夢に見たという話をその医学者にしていた。
ベルグソンは近くでその話を盗み聞きしていた。
するとその著名な医学者はこう答えた。
「奥さん、あなたのことは昔からよく知っているし、わたしもその話は信じたい。あなたが嘘を言っていないのをわたしは信じる。」
「しかしながら、わたしはこう考える。つまり人間にはたしかにそういう夢の正しいものを視ることがある。けれど、その正しい夢の数よりはるかに多い数のまちがった夢を視るでしょう? その間違った夢はいったいどうするんです?」
すると、同じテーブルにいた若い女性がこう言ったという。
「わたしは先生の言っていることは間違っていると思います…。先生は、論理的には正しいことをおっしゃっておられます。だけどわたしは間違っていると思います」
ベルグソンは、その娘が正しいと思った、と述べたという。
小林秀雄、そしてベルグソンがこの話で言いたかったことは、東浩紀が言っていることともリンクすると思う。
婦人は、「自分が見た1回きりの正夢」について語っているのに、科学者は、「正夢(テレパシー的能力)というものが真実に存在するのか否か」について語っているから、両者の話はまったくかみ合っていない。
科学は常に普遍性というものを重要視する。それを「再現性」と言いかえることもできる。仮に超常現象というものがあるとしたら、それは実験室の中で、所与の環境において、一定の条件の下で、必ず再現できるはずだという仮説である。
だから、婦人が自分の身に起こった、夫の戦死という唯一無二の出来事を巡って体験した1回きりの正夢の話を語っているのに対して、科学者は「けれど、その正しい夢の数よりはるかに多い数のまちがった夢を視るでしょう? その間違った夢はいったいどうするんです?」などとピント外れの回答しかできない。
志賀直哉の名作短編『焚火』にも同様のエピソードが出てくる。
友人のKさんの話。
* * *
それは、雪の季節だった。
東京にいる姉さんの具合が悪いというので、赤城をくだって見舞いにいった。東京に3日いたが、思ったほど悪くなかったので、また赤城へもどってくる。
帰ったその日は赤城のふもとに宿泊して、翌日山をのぼるつもりだったが、月がきれいでからだも元気だった。小さなころから雪にはなれていた。Kさんは、その日登ることに決める。
日暮れには、二の鳥居まで来た。しかし、登るにつれて雪は深くなる。人通りがないところなので、雪が柔らかく、一歩あるくと、腰くらいまではいってしまう。子どものころから山で育ったKさんもさすがにまいってきた。
月明りに鳥居峠はすぐ上に見えている。夏はここはこんもりとした森だが、冬で葉がないから上がすぐ近くに見えている。そのうえ、雪も距離を近く見せた。今更引き返す気もしないので、蟻の這うように登っていくが、手の届きそうな距離が実に容易でなかった。もし引き返すとしても、幸い通った跡を間違わず行ければまだいいとして、それを外れたら困難は同じことだ。上を見ると、何しろそこだ。
Kさんは、もう一息、もう一息と登った。別に恐怖も不安も感じなかった。しかし何だか気持ちが少しぼんやりしてきたことは感じた。
「あとで考えると、本当は危なかったんですよ。雪で死ぬ人はたいがいそうなってそのまま眠ってしまうんです。眠ったまま、死んでしまうんです」
それから2時間。Kさんはとうとう峠まで登った。すると、向こうから提灯が2つ見える。今時分、とKさんは不思議に思った。
それは、Kさんを迎えにきた義理の兄さんと、Kさんの家の者たち、3人だった。
「今、お母さんに起されて迎いに来たんですよ」
Kさんは、ぞっとする。母には帰る日を知らせていなかった。
母が「Kが呼んでいる」と、みんなを起したのは、ちょうどKさんが一番ぼんやりした時間と同じだった。
3人が巻き脚絆を巻いているあいだも、Kさんのお母さんは少しも疑うことなく、おむすびをつくったり、火を焚きつけていたという。
「Kさんは呼んだの?」と妻(志賀直哉夫人のこと。以下同じ)が訊いた。
「いいえ。峠の向こうじゃあ、幾ら呼んだって聴こえませんもの」
「そうね」と妻は言った。妻は涙ぐんでいた。
* * *
友人のKさんが語ったこの話に、周囲の友人たちはしみじみと耳を傾けている。
そこにはただ「聞くこと」(拝聴するという行為)があって、批判や仮説や、「普遍性」や「再現性」をめぐる諸々の主張は存在しない。
おそらく、そのような空間でのみ「神秘」は生じるのであり、人文知というのは、そうした一回きりの神秘をかけがえのないものとして捉える感性によって支えられているのだと思う。