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追悼渋谷陽一(妄想ラジオ)

今日の一曲目: Break On Through (To The Other Side) / The Doors

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こんばんわ、渋谷陽一です。

今夜の妄想ラジオは7月14日(月)未明に永眠されたロッキング・オン・グループ代表渋谷陽一氏のご冥福を祈りつつ、故人の追悼プログラムをお届けしたいと思います。

ロッキング・オンのHPによれば、渋谷氏は2023年11月に脳出血を発症し緊急入院、手術後は療養を続けながらリハビリに取り組んでいましたが、今年に入り誤嚥性肺炎を併発、74年の生涯を終えられたとのことです。

私は中学生でビートルズと出会い、洋楽に夢中になっている頃、父親が定期購読していた『週刊FM』で渋谷陽一という存在を知りました。

その雑誌では年に一回、「好きなDJ」「嫌いなDJ」のアンケートをやっていて(DJ・ディスクジョッキーというのは今の番組MCと同じ意味)、渋谷氏は毎年どちらもぶっちぎりの1位だったので、良くも悪くも凄い人なんだろうなと思っていました。

それでプリンスの「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」のライナーくらいから渋谷氏の文章を読むようになり、「ロッキング・オン」も買うようになりました。

伝説の「サウンドストリート」を聴き始めたのはすでに最終回が近い頃で、最終回のレッド・ツェッペリン特集を録音したのを覚えています。

その後はNHK FMの「FMホットライン」と、FM東京の「日立ミュージック&ミュージック」を欠かさず聴いていました。

 

今日の二曲目: 天国への階段 / LED ZEPPELIN

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その頃の私の洋楽そして邦楽(日本のロック)の評価基準は良くも悪くも「渋谷陽一が誉めているかどうか」で決まっていたと思います。

今になって思えば私があれほどプリンスやドアーズに入れ込んだのも渋谷陽一による評価の後押しよるものだったと思うし(ドアーズは松村雄策氏の影響もありましたが)、渋谷氏が「産業ロック」と呼んでいた音楽やヘビメタはまったく聴く気になれませんでした。

渋谷氏の、素晴らしいと思うアーチストを徹底して持ち上げ、つまらないと思う音楽を「ゴミ」と切って捨てる思い切りの良さ、断定的な物言いに惹かれていたのかもしれません。そしてそこには常にシニカルで「自己を対象化した」視点が伴っていたため、信用性も感じました。

80年代には渋谷氏は「音楽評論家としては終わった」と自己評価していましたが、「音楽が終わった後に」「ロック微分法」「ロックミュージック進化論」は高校時代の私のほとんどバイブルでした。

渋谷氏と同年代のミュージシャン、特に忌野清志郎山下達郎との息の合うような合わないような独特の親しみと連帯感に満ちたインタビューは最高に楽しいものでしたし、下の世代のミュージシャン、とりわけ不遇時代のエレカシ宮本を番組に呼んでスタジオ・ライブを行ったときの労わりのあるシニカルなやり取りはいつまでも記憶に残っています。

 

今日の三曲目:月の夜 / エレファントカシマシ

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自分の周囲や世の中に不満だらけでムシャクシャする内面をどこにどうぶつければよいわからずひたすら迷っていた80年代の私のような人間で、あなたの熱く断定的かつシニカルなユーモアのある発言に救われた人はたくさんいたと思います。私にとって、あなたの活動そのものがロックでした。

(歌詞朗読)

渋谷陽一

渋谷陽一

渋谷陽一

あんたは最高さ

今から34年も昔 おれは19になったばかり

予備校通ってた だけどサボって駅前ブラブラ

ある日飛び込んだ本屋の中で おれはひとつの雑誌を手にした

名前はいつも聞いていたのさ あの人の番組で

ページを開いてビックリした それはスゲエ中身だった

鋭いロジック 冴えるレトリック 目から鱗落ちた

中でも特にぶっ飛んだのは 「アバンギャルドミュージック試論」

これを書いたのが俺の大好きなFMラジオのDJ

渋谷陽一

渋谷陽一

渋谷陽一

あの頃最高だった

渋谷陽一

渋谷陽一

渋谷陽一

80年代のアンタは大将

 

生きる恐怖に怯え切ってた

部屋の電灯を999回点けたり消したりしてた

999回目で雑念が入ると また初めから999回

くり返して くり返して それで一日が更けた

そんな少年に光を与えた 力強く論理的な言葉

自分自身を対象化すればここから抜けられる

デイヴ・リー・ロスが裸で逆さでぶら下がっている表紙をめくれば

過激なアイデア 攻めるスタンス

文章そのままロックだ

渋谷陽一

渋谷陽一

渋谷陽一

あの頃カリスマだった

渋谷陽一

渋谷陽一

渋谷陽一

80年代のアンタはヒーロー

WoW Wow Wo WoW

陽一 陽一 陽一 陽一 陽一

陽一 陽一 陽一 陽一 陽一

陽一 陽一 陽一 陽一 陽一

陽一 陽一 陽一 陽一 陽一

渋谷陽一

今日の四曲目:渋谷陽一 / じじーぽぴゅぽぴゅ

youtu.be

 

渋谷氏が繰り返し語ったロッキング・オン創立の物語はもはや伝説ですが、当時からの盟友である松村雄策氏との「渋松対談」は二人の独特のシニカルで自虐的なぼやき口調が何とも言えない可笑しみを生み出す名企画でした。

経営者であり編集者として敏腕な才能に恵まれた渋谷氏がボヘミアン的なロック精神を体現した松村氏の人生に最後まで寄り添い、松村氏が倒れた時には亡くなるまでの入院費用の面倒まで見ていたというのを知った時には、人情と義侠心に溢れるあなたの一面を垣間見たような気になりました。

一方で若き日のあなたは中村とうよう氏をはじめとするさまざまな同業者たちとの論争でも知られ、あたかも1950年代の吉本隆明花田清輝らの戦中派世代を論争でやり込めたときに同世代の人々が感じただろう快感を疑似体験させてもくれました。

 

私は90年代以降はロッキング・オンからは離れ、洋邦問わずリアルタイムのロック音楽からも距離を置くようになってしまいましたが、雑誌運営からフェス運営へと見事に舵を切りどんどん会社を巨大化させていたくあなたの手腕を感銘を受けながら眺めていました。

ある意味であなたの遺作となったロック・アニメ「ラプソディ」は、その存在すら最近まで知りませんでした。

これが、今のロックに対するあなたなりの回答だったのでしょうか。

私には分かりませんが、常に表現の同時代性を求め続けた渋谷氏の姿勢は最後まで一貫していたと思います。

 

今日の五曲目:Shining Star / ブルーバード

youtu.be

 

渋谷陽一は、ロッキング・オン創刊以来ずっと「メディアとしてのロックンロール」を体現した存在だったと思います。

渋谷さん、ありがとうございました。

 

今日の六曲目:Achilles Last Stand / Led Zeppelin

youtu.be




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