サード・アルバムに向けた創作作業は、2022年3月に「LOVE ALL SERVE ALL」をリリースした直後の4月には始まっていた。

4月にLAに行って、A.G.クック、ブラッドポップ、サー・ノーラン、トバイアス・ジェッソ・Jrの4人と初めてのコライトセッション※を行った。
※複数のミュージシャンやクリエイターが共同で楽曲を制作するセッションのこと。特に、それぞれの得意分野を生かし、即興的にアイデアを出し合いながら、一つの楽曲を完成させていく手法を指す。
A.G.クック A.G. Cook

イギリス・ロンドンを拠点とする音楽プロデューサー、シンガーソングライター。
「バブルガム・ベース」の旗手として音楽シーンに登場し、ハイパーポップの始祖としても知られている。宇多田ヒカルともよく協働している。
ブラッドポップ BloodPop

ケンドリック・ラマー、ビヨンセ、エリー・ゴールディング、メジャー・レイザーといったアーティストの公式リミックスに起用され、レディー・ガガのエグゼクティブプロデューサーも務める。
サー・ノーラン Sir Nolan

ダニエル・シーザー、タイラ、セレーナ・ゴメス、ジャスティン・ビーバーなど、数多くの著名なアーティストと仕事をしてきた。
トバイアス・ジェッソ・Jr Tobias Jesso, Jr.

ハリー・スタイルズ、アデル、FKAツイッグス、オーヴィル・ペック、キング・プリンセス、ディプロ、オマー・アポロのリリースでの作品により、第65回グラミー賞でソングライター・オブ・ザ・イヤーを受賞。
渡米は自分の意志ではなく、マネージャーの計らいによるものだったが、自宅にスタジオがある彼らを訪ねて話をしたり、一緒にランチをしたりしながら、そのまま一緒にスタジオに入ってお互いにアイディアを出し合いながら曲を作るという作業は楽しく刺激的だったという。
2022年末の「カオス」を迎えこれからについて逡巡していた2023年3月から4月にかけての1カ月、再び曲作りのためにLAに渡った。このときはひとりでスタジオに入ったが、年末にバスケットボールのワールドカップ中継テーマソングのオファーがあり、その曲を完成させるためというのが 一つの目的だった。
最終的に「Workin' Hard」としてリリースされた楽曲は、ケンドリック・ラマーやSZAのプロデュースで知られるDJ Dahiとの共同作業により完成した。アジアツアーと日程が被ってしまったため2日間しかスタジオに入れなかったが、それまでの曲になかった低音重視の重いグルーヴを強調したアプローチは「grace」での「卒業」後の新たな風の境地を感じさせるものだった。
歌詞は、スポーツ大会のテーマソングにありがちなものとはかけ離れた風独特の「脱力哲学」を説くもので、「こんな攻めた曲で大丈夫かな?」と思っていたが、スポンサーからゴーサインが出たことにホッとしたという。
一旦は「燃え尽きた」と感じ、押し寄せる混沌した状況の中でもがいていた風にとって、「Workin' Hard」の制作に没頭した海外での一か月は気分転換としても良い方向に作用したようだ。
Workin Handのレコーディングと同時期、2023年6月から7月にかけでピアノ弾き語りによるアジアツアーを回り、ソウル、バンコク、ジャカルタ、クアラルンプール、上海、台北、香港の7都市11公演を行った。アジアツアーでは、「それまでは自分のことを日本人だと思ってたのが、自分はアジア人なんだっていう意識の広がり」を体験したという。
アジアツアーを終えた後、2023年の9月にドラマ主題歌「花」のレコーディングのためLAに行く。ここではAGクックとマンツーマンでセッションを行った。EPに入っているほとんど完成形に近いデモにクックが肉付けしていくという形で、とてもスムーズな作業だったという。
2024年の春には映画主題歌「満ちてゆく」もリリース。この2曲はいずれもタイアップだったこともあり日本語歌詞だったが、風の中では「Workin' Hard」で挑戦した英語と日本語を半々に混ぜたようなチャレンジをさらに推し進めたいという気持ちがあったようだ。
そういう想いから、2024年4月にはLAへ渡り、シャイ・カーターをはじめ、 3名ほどのアメリカ人のプロデューサー、ソングライターとそれぞれ一緒に英詞を作る歌詞セッション作業に取り組む。
シャイ・カーター Shy Carter

ブレイク・アンソニー・カーター(Blake Anthony Carter、1984年8月21日生まれ)は、アメリカのソングライター、音楽プロデューサー、ラッパー、歌手であり、職業的にはシャイ・カーターとして知られている。メーガン・トレイナー、ジェイソン・デルーロ、チャーリー・プース、フェイス・ヒル、ティム・マグロウ、キース・アーバン、ケイン・ブラウン、ビリー・カリントンらの楽曲を手掛ける。
ここで風の中では「もう後戻りできなくなった」との思いが生じていた。
つづく