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Runnin' Away

yes, mama ok?もカバーしていたこの曲を。

youtu.be

大学の時、キャンパスに時々現れる謎の「ブルース兄ちゃん」と呼ばれる男性がいて、学生会館の部室スペースの一隅でボロボロのアコースティック・ギターを爪弾いているのを目撃されたりしていた。

怖くてとうとう話しかけられなかったが、彼が部室に残して言った茶色のジャケットを失敬したことがあった。彼が選曲したカセットテープに、スライの「ラニン・アウェイ」が入っていたのを覚えている。

当時は、「スライが好き」とさえ言っておけば何とかなる空気があったように思う。

プリンスが好きだったので、必然的にスライも信奉することになった。

『暴動』と『フレッシュ』は文字通り毎日、通算で1万回以上聴いていると思う。

以前ここにも書いたが、自分が聴いていた『フレッシュ』が実は、プレス違いの別バージョンだということを最近になって知りショックを受けた。

『ミステリー・トレイン : ロック音楽にみるアメリカ像』(グリール・マーカス 著, 三井徹 訳)スライ・ストーンの章を読んで痺れていたのが僕の青春の甘美な1頁だ。

最もすぐれたロックにふさわしく、スライ&ザ・ファミリー・ストーンは、かつて誰も聞いたことのない音楽を作り出した。

サム・クックがこだましていることもあれば、ビートルズふうのところもあり、また、サーフ音楽でさえが影響している。

歌い手たちだけでなく、バンド全体がインスピレイションをいくつかの古典的ロック曲からかなり得ているようで、シルエッツの「ゲッタ・ジョブ」の怒りにみちたヴォーカル・ライン、モリス・ウィリアムズの「ステイ」の狙った欲望、スティーヴィー・ワンダーの「フィンガーティップス」の混沌などをかじりとっていた。

スタックスからジェームス・ブラウンに至る当時の黒人音楽の素朴で直接的なサウンドはスライたちの念頭になかったけれども、その創意に富んだリズムは利用していた。ファミリー・ストーンには、サン・フランシスコの白人サウンドに見られる陽気さ、それに、そのサウンドがすでに失い始めていたあけっぴろげな活気があったのだ。それに、どのロックのヒット・チャートにも不可欠な、耳目を引くメロディ、コマーシャルなパンチに対する鋭敏な感覚が備わっていた。…

このバンドのサウンドには、途方もなく大きな自由があった。そのサウンドは複雑なものであったけれども、それは自由というものが複雑なものであるからだ。自由を希求する気持ちと同様、荒々しく、アナーキックであり、実際の自由と同様、思いやりがあり、情がこもっており、首尾一貫しているのだ。それに、そのサウンドは、空想上の自由のように、まったくの称賛であり、肯定であり、果てしないユーモアと歓喜の音楽であった。

『暴動』は、聞き手を混乱させ、二分し、新しい聴き手を作り出したそれまでのいくつかのポップの反転、つまり、自分の聴き手を破壊するという危険を敢えておかしたポップ行為に仲間入りするものだった。…この場合、スライは自分自身のポップ上の過去を逃れ、その価値を否定していた。あるいは、ジョン・レノンビートルズとたもとを分かったことにあたる。

ただし、スライは、はるかに複雑に、知的に行った。単に告白を曲に仕立て上げる代わりに、自分はスライの聴き手の一人であると主張する者すべてに烈しく挑戦する破壊的な芸術作品に変形させたのである。ロックというもの自体の前提の大半に挑戦する音楽作品を創り上げたのだ。…

このアルバム中の二曲はシングルとして発売された。「ファミリー・アフェア」と「ラニン・アウェイ」の二曲で、どちらもヒットし、そしてどちらにもうっかりだまされかねない気楽な律動があった。

しかし、前者は、ふりかえって母親を捜すということを、結婚生活がめちゃめちゃになるということをうたったものであり、後者の方は、はつらつとした女性コーラスを用いて、愚者の急所を突く歌である。…

この音楽は、逃げたりはしないスタッガリー、宣伝されている通りに地獄を見出すスタッガリーの世界を明確にしてみせたものだ。この音楽には、とてつもなく大きなリアリティがある。なんとかしてうまくやっていくという緩慢な水平感覚があるのだ。

この音楽は、引き金に指をかけているミュザーク(BGM)だ。ジェームス・ブラウンがショーマンシップとかやくざな歌詞といった埋め合わせを抜きにして探究したリズムの精髄なのだ。それは、例えば刑務所のような、毎日毎日が同じであるという現実であり、変化の欠如である。それに耐えようとするならば、あらゆる感覚を麻痺させるか、あるいは絶えず鋭敏にしておくしかない。鋭敏にしておくことによって、どんな些細な気分の変化も、出来事の変化をも、何か新奇なこと、あるいは意味あることを表すものと受け取るのだ。

 

 

四人の子供が母親のまわりに集まって、自分たちの父親について本当のことを教えてくれと頼む。その父親はその日、埋葬されたばかりである。子供らはその父親のことをしらない。彼は単にどこでもない街角のスタッゴリーにすぎなかった。

子供らはたずねる。父さんは例の表裏のある説教師の一人だったのかい、母さん?

「主の名において盗む」なんてことを言う説教師だったのかい?

酔っ払いだったのかい? ハスラーだったのかい?

ぽんびきだったのかい? 他にも奥さんがいて、そっちにも子供がいたのかい?

そういう具合に子供らは、母親に質問を叩きつけるが、母親が子供らに与えることができるのは、彼のためのものであることはもちろん、彼らのためのものでもある墓碑銘で、これほど見る人をたじろがせる墓碑銘はまたとはない――

「あの人が死んで私たちに残してくれたものは、孤独だけだった」

 

youtu.be




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