
1968年、田畑麦彦は債権者から逃れるために愛子に偽装離婚をもちかけ、籍を抜いた。
その後、麦彦は別の女性と籍を入れる。
『晩鐘』にはその顛末が描かれていて、それだけを読めば100%麦彦がアウトである。
いや実際どう見てもアウトなのだが、麦彦と愛子の夫婦関係は偽装離婚の時点で破綻していたのも事実なのだった。
というのも愛子は当時出版社で彼女を担当していた若い編集者に熱を上げており、そのことを麦彦に打ち明けてもいたのだ。麦彦はそんな愛子を叱るどころか、応援するような態度だった。二人は夫婦というよりは気の置けない友人のような間柄だった。
要するにこの二人の作家の夫婦関係には世間一般の常識では計れないものがあった。
麦彦と別れてから、愛子はプロ野球選手の別当薫と不倫関係に陥り、そのことを小説にも書いている。別当は1920年生まれ、愛子より3つ年上で、甲陽中学で四番でエースの花形的存在であり、甲南女学校に通う少女時代の愛子の憧れの的であった。

『晩鐘』によれば、麦彦は、以前自分の会社で働いていた女子社員が銀座で店をやるようになって、その店に通っているうちに情が移った。女には連れ子がいた。麦彦がその子を引き取ることになった時、広い家に引っ越したいと言って愛子に金を無心に訪れたときのことを愛子は『晩鐘』に書いている。