エズラ・エデルマンのプリンスに関するドキュメンタリーは、プリンスの遺産管理団体によって制作中止となったため、世界が観ることはおそらくないだろうが、クエストラヴは今もその教訓について考えている。
「これは、決して安全だと感じたことのない人間の物語だ」と彼は言う。「その結果、常に警戒しなければならなったんだ。常に防御して生きていかないといけない。」この映画は彼に深い影響を与えた。
「初めてこの映画を見たとき、セラピストとの予約を午前 3 時に取らないといけなかった。涙で目の血管が破裂してしまった。自分の目が出血しているところを写真に撮った。涙から血が出るなんて知らなかったよ」。
今はサブスクでも見れる、プリンスの2002年のラスベガスでのライブ映像がたまらなく好きだ。

1曲目のPop Lifeのアレンジも最高だし、特にプリンスが"Real music by real musicians!"と叫んでから始まるStrollin'/U Want Meのメドレーのファンキーで滑らかでグルーヴィーな演奏はたまらない。昨日見ていたらなぜか涙が止まらなかった。
エステートからダメ出しが出てお蔵入りになったエズラ・エデルマンの9時間に及ぶドキュメンタリー「ザ・ブック・オブ・プリンス」のNYTのレビューは読みごたえがあった。
この記事を読めば、だいたいどんな映画か分かる。
ぼくが記事のタイトル「我々が知らなかったプリンス」に「?」をつけたのは、これを読んでもなお、この作品にぼくの知らないプリンスが描かれているとは思えなかったからだ。
プリンスが複雑な家庭環境の出身で、幼少期の虐待体験や、体躯をはじめさまざまなコンプレックスを抱えていたことはすでによく知られている。女性関係におけるさまざまな問題も、ジル・ジョーンズの生々しい証言までは知らなかったが、およそ意外な話ではない。ラリー・グラハムの手ほどきで宗教にハマったことも彼のキャリアを追っている人なら誰でも知っている話だ。晩年の身体的苦痛と亡くなった原因となった薬(オピオイド、フェンタニル)への依存についても。
要するに、コアなファンにとっては「知らなかった」事実は含まれていないと思われるのだが、プリンスのファンではなく一般的なイメージしか知らない人にとっては衝撃的な内容なのだろうとは思う。
また、気鋭のドキュメンタリー監督であるエズラ・エデルマンによる鋭い切り込みと提示の仕方によって、衝撃度が増しているのかもしれないとも思う。
だが、プリンスのイメージに傷がつき、「キャンセル」されるのではないかとの恐れから、完成した作品の公開を差し止めたエステート(遺産管理団体)の判断は賢明とは思えない。
皮肉なことに、エステート自身がプリンスの音楽的偉大さを過小評価しているように思う。プリンスの音楽とパフォーマンスは個人的なエピソードなどを凌駕する普遍的で圧倒的に感動的なものであることがこの映画で証明されることへの信頼に欠けている。
もちろん、映画が公開されれば、ネガティブなエピソードばかりに焦点が当てられ、一時的な論争を引き起こすことが予想されるし、最悪の場合「キャンセル」される可能性もある。だが長期的に見ればプリンスという芸術家のより正当な評価に資することになるだろう。近視眼的なエステートにはそういう見方ができない。
物心ついて半世紀が過ぎたぼくの人生を振り返って、一番衝撃的だった美的体験の一つは、10代の前半でプリンスの「ビートに抱かれて」を聴いたときだったと断言できる。あのイントロのギターはそれまで歌謡曲しか聴いていなかったぼくの耳には青天の霹靂で、一種の啓示ですらあった。彼の歌い方、叫びも衝撃的だった。彼の歌には、機械的で冷たい音響をバックにしても、まぎれもなく「生の感情」が脈打っていた。
当時から極端な思考に走りがちだったぼくは、その一曲でプリンスという人間が分かったような気がした。(「その一曲」というのは『ビートに抱かれて』以外のすべての曲も含む。)彼の感情はぼくの感情であり、ぼくは彼のような才能はないが、ぼくの感情を彼が普遍的な形にして音楽的に自由に表現してくれているのだと感じた。その感覚はプリンスが死ぬまで、否、死後の今になっても続いている・・・
これ以上何を書いてもとりとめもなくとめどなくなりそうで戸惑っていたら、松村正人という人が書いたプリンスのディスコグラフィ(『現代思想』2016年8月増刊号所収)に、ちょうど今のぼくの言いたいことを代弁してくれる文章を見つけたので、そのまま引用させてもらう。
・・・プリンスに苦悩や葛藤がなかったといいたいのではない。それどころか、家族、女性、バンド・メンバーとの人間関係から宗教、身体、レコード会社との権利闘争、人種と政治ーープリンスほど身のまわりに問題山積のミュージシャンはちょっと思いつかない。ほとんど現代社会問題の総合商社の趣だが、大音楽人プリンスはそれらを音楽に昇華しつづけてきた。というのは、それらの問題が音楽のテーマになっているということではない。もちろんそのような楽曲も少なくはないが、彼は終生ポップたらんとした。それがリスナーを楽しませ、悩ませる。
・・・彼のワーカホリックぶりは、ファンならずとも広く知られているが、スタジオに引きこもりがちの暮らしのなかで、彼はむしろ音楽のなかに移り住みたかったのではなかったか。
そのような男のすべては音楽にあらわれている。隠しごとなどなにもない。
隠し事などなにもない。そう「我々の知らないプリンス」などはない。
彼の音楽とパフォーマンスには彼の性格も葛藤も愛も苦悩も至福もすべて(つまりあらゆる人間が感じることのすべて)が露わになっている。
それはそれとして、この9時間のドキュメンタリーを映画館で見たいなとは思う。