
昨日行われた斎藤元彦兵庫県知事の定例記者会見を何気なく見ていると目が離せなくなって結局3時間以上見てしまった。
どの記者からも「辞めた方がいいのでは」「なぜ辞めないのか」「辞めない理由は何か」「議会の全党派から辞任を求められているのに知事の座にしがみつき続けるのはどうしてか」「辞めるべきでは」「辞めるという考えはないのか」と何時間も問責されながら、「至らない部分もあったが、これからも職務を全うしていきたい。それが責任を果たすことと考えている」といった官僚的答弁の一点張りで、微動だにする姿勢を見せなかったことに、巷で「サイコパスでは?」と囁かれている人間性の一端を見ると同時に、唯一感情を高ぶらせて涙を見せた場面の理由が、「お世話になった維新や自民党の議員たちからも辞めろと言われた」ことに対する「自分のふがいなさ」を思ってのことだと言い、亡くなった職員(複数が自殺)に対しては「理由は本人にしかわからないが亡くなったことは残念。」と繰り返し、記者からコメントを求められるたびに憮然とした表情で答える姿は、ジャニーズ事務所の記者会見でジュリー喜多川が見せた「反省しております(しておりませんキリッ)」という態度にも重なるものがあった。松本清張とかコロンボの作品なら、完全犯罪を企てて最後に転落する犯人の典型的な例のようにも思われる人物だが、現実はなかなかそうはいかない。
ここ数年、いい年をした大人たちのこうした姿を見せられることが繰り返されている。このような場面を見て育った子供たちは、「どんな出来事でも自分の偏愛する理論で解釈してしまい、何が起きてもそれを問題として認識することができない」彼らの無機質で仮面のような表情とまなざしを内面化していくのではないか。そしてこの秋に小泉進次郎内閣が誕生し、総選挙で大勝利をおさめ、年金支給年齢の75歳以上への引き上げ、解雇規制の完全撤廃、あらゆる分野での大幅な増税と福祉サービスの削減などの悪政の限りを尽くすことになり、日本という国家はさらに奈落の底に転落していくのだろう。

自分の世代はひたすら劣化していく社会を横目に見ながらそれを食い止めようともせず、何とか逃げ切りを図ろうと自己中心的に足掻いているだけだが、逃げ切れないで終わる予感がするし、道義的にはその方がいいだろうと思う。