BSで録画した成瀬巳喜男監督『乱れる』(高峰秀子主演、松山善三脚本、1964年)を見た。
何気なく見始めたら、食い入るようになり、最後までぐいぐい引き付けられた。
デコ39歳、30代最後の作品。主人公・久子は結婚してわずか半年で戦争未亡人となり、その後は女手一つで夫の実家の商店を18年間切り盛りしてきた。二人の義妹は結婚して家を出るも、末の義弟・幸司(加山雄三)が大学を出た後もブラブラして店を継ごうとしない。久子とは11歳の年の差があるが、幸司は密かに義姉を恋い慕っていた――
スーパーマーケットの進出による小売店の苦境(幸司の麻雀仲間の店の主人は経営難を苦に自殺。舟木一夫の「高校三年生」に恨みでもあるのかといった挿入歌の使われ方もエグい)、夫を亡くした妻の実家でのいたたまれなさ(小津の「東京物語」の設定にも通じる)など、リアリティのある設定の中、ヒロインと亡夫の弟との禁断の愛という濃密な展開に目が離せない。
加山雄三はニューホープとして好演しているが、「永遠の夫」で高峰と共演して銀幕デビューを果たした田村正和と同じ運命を辿ると言うのもなんだかものを考えさせる。
全然予備知識なしに見たので、途中からこの話をどうやって終わらせるのだろうとドキドキしながら見ていたが、邪魔者になる前に身を引いて山形の実家に帰る久子を追って幸司が一緒に列車の旅をする中で女としての気持ちが抑えきれなくなった久子が幸司の寝顔を見て涙を流し、「次の駅で降りよう」と誘うシーンは、まったく無関係な『がんばれ元気』の関拳児戦を前にした元気と芦川先生のシーンを思い出してグッときたりした。
ところが、二人で温泉宿に泊まり、幸司の指に「一夜限りの思い出」といって久子が紙縒りを巻き付けるまではよかったものの、いよいよという所で久子は「堪忍して!」と幸司の愛を拒んでしまうのである。これにはさすがに、「そりゃないぜ」(吉本隆明風に)と当時映画を見た人も誰もが思ったのではないだろうか。
そうして衝撃のラストにつながっていく訳だが、ラストの高峰秀子様のアップがとんでもないことになっている。映画館で見たら大画面いっぱいのあのシーンで終わるということになるので、とてもじゃないがそこんじょそこらの俳優では画が持たず務まらない。もうなんというか、この凄まじさは、映画館で体験するしかない。PCやテレビの画面で見るべきではない。
それでも後年斎藤明美のインタビューに答えて
ーー涙を流すじゃないですか。高峰さんが。
高峰 そうだった? 忘れちゃった。
ーーああいう場面は演じていて思わず感情移入して自分も悲しくなるということはないんですか?
高峰 ないです。芝居です。芝居。
ーーでもああいう時の涙は本物の涙?
高峰 うーん・・・。まぁあんまりないね。目薬だな。
なんて言ってるのは高峰さんらしい。
しかしこの堂々とした「ザ・日本のメロドラマ」を見てつくづくと、今の日本の劣化ぶりを返す刀で実感せざるを得ないと言うのも侘しいことではあるよ。