先週の水曜日にエアコンの修理業者が来て、室外機に異常はないがエアコン本体のどこかから冷媒ガスが漏れているので、部品を至急取り寄せてまた来ますと言われた。応急処置で冷気が出るようにはなっていたが、今日からまた風が温くなっている気がする。この様子だと明日か明後日には蒸し風呂に逆戻りだろう。
宇野常寛「ゼロ年代の想像力」がブックオフで400円で売っていたので買った。全く中身には期待していなかったが、割とまともに東浩紀をディスっていてなかなか興味深く読んだ。
要は東の世界認識は九十年代後半の「エヴァ」の「引きこもりオタク」の段階で停止していて、2001年以降の世界に全く追いついていないというのだ。
アメリカ同時多発テロと小泉純一郎政権の構造改革以降の世界は「社会や歴史はぼくにどう生きるべきかを教えてくれないし、ぼくは誰も傷つけたくない」と言って引きこもっていられるような甘えは通用せず、生き残る(サヴァイブする)ためには無根拠であることを自覚しながらも何らかの「小さな物語」に対する決断主義の態度を取るしかないという。
この「ゼロ想」が出たのは2008年で、2011年には「リトル・ピープルの時代」という本を出して、これも結構売れたようだ。当時は当然ながら何の関心もなかったのでノーチェックだったが、そう言えば紀伊國屋などの書店に彼の本やPLANETとかいう彼の主催する雑誌が山積みになっていたのが微かに記憶にある。
宇野はこの「ゼロ想」でクドカンをベタ褒めしていて、そういえば「あまちゃんメモリーズ」という本にも宇野の文章があったな、と今本棚をひっくり返してみたら、文藝春秋とPLANETが共同で出した本だった。
そういえば宇野は濱野智史とAKBにハマっていた記憶もある。濱野は「前田敦子はキリストを超えた」というトンデモ本を出して消えた。
そんな印象があったので、全く期待せずに読んだのだが、この本では割と東浩紀の芯を食った批判をしているような気がしたので、意外だったのだ。
東はこれに対して正面から反論などしているのだろうか。調べてみよう。
ひつまぶしの種が一つできた。
早くさよなら夏の日。