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考えない哲学

昨夜東浩紀が無料突発配信をやっていて、偶々見れたのだがもう非公開になっている。その中で東が「全員が政治や戦争について絶えず意識しなければならない社会は異常であり、国民の多数が『平和ボケ』できる社会こそが理想なのだ」と力説していて、柄谷行人の「憲法9条は日本人の超自我である」という主張とどこかでリンクできないかと思った。

柄谷はこう言っている。

戦争の危機が身近に迫る時期において、最もリアリスティックなやり方は、一般に非現実的と目されている憲法9条を掲げ、それを文字通り実行することです。
9条を実行することは恐らく日本人が出来る唯一の普遍的かつ強力な行為です。

配信の最後の方で東が「ぼくは日本の批評の物語を背負っている最後の人間だ」という趣旨のことを語っていて、自分こそ柄谷の精神の真の継承者であると述べていたが、小林ー吉本ー柄谷ー東ラインが日本の批評ラインなのだと改めて思った。

東の次の著書(「悪の愚かさ」と「考えないこと」について)を期待している。

そういえば昔「考えない練習」とかいう本があったな、と思い出して、あの本の著者はいまどうしているのだろうと思ってググったら、いろいろあったようで、

2017年以前の、仏教色の強い著作にかんしては、2020年秋以降に私の伝えようとしている内容を理解するためには、邪魔というか壁になりますので、読む必要はないと思います。

書いてあった

訓練するとか練習するとか、自分を高めるとか、そういった思い込みから、解放されることが大切なことです。

それらをコントロールせず自由におこなうままにすることに慣れることで、心のなかにあらわれる思考や気持ちに対してもなんのコントロールもせず自由なままにしておくことに、慣れようというのです。自分により命令も支配もされない、広々、軽々とした自由、です。

などとも書いてあって、結局メソッドの否定というクリシュナムルティ的なところに落ち着いたのか、と思った。ちゃんと見ていないのではっきりは言えないが。




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