これ以上反響のあったK-POPアイドルによる日本のカバー曲は知らない。
44年前の曲が日本韓国両方のアップルミュージックにチャートインしている。
動画コメント欄より(自動翻訳による):
ハニは3分で日本を40年前に引っ張り戻した。
80年代の日本に行ったこともない、生きて見たこともないのに狂ったようにその時が恋しくなる。
東京ドーム現場にいた人です…この舞台を見て、私は「舞台を破った」という表現がどういう意味か理解するようになりました…その時、本物の観客席のすべての日本人が一つに統合されることを感じました…そして呼応が本物東京ドームの天井が破れると思いました
ハニとミンヒジンの二人ともすごく勇敢だったと思う。
今まで多くのアイドルが松田聖子を知らずにカバーをしなかったわけではない。そもそも聖子のような明るく澄んだコンセプトができる歌手がいても、怖くてできなかった。失敗したら悲惨なことになるし、途方もない練習を通じて上手にやりすぎると清純なイメージに閉じ込められてしまうから他のコンセプト挑戦が大変になる。
ミンヒジンは、この曲をハニにカバー曲として勧めるときは後者の方を心配したはず。だがハニは自分の実力と魅力を信じて、この一つのイメージに閉じ込められないと思ったから挑戦したはずだ。だから両方ともすごく勇敢なんだ。
日本で暮らしている実感から言えば、この舞台を構成するすべての要素が日本人の好みに刺さるのが分かる。選曲だけでなく、服、髪のスタイリング、声、歌手本人の顔、ジェスチャー一つ一つまで。
オーストラリア国籍で韓国でアイドルになったベトナム人が、2024年6月の東京で、44年前、日本が一番豊かで輝いていた頃の記憶を集合的に蘇らせた…
今回のようなことがあると、マリリン・モンローがアメリカのグラマラスな美女のプロトタイプとなったように、松田聖子が日本の清純派アイドルのプロトタイプであることがよく分かる。日本人はあの楽曲の力によって(そしてそれを強力に体現して見せたハニの力によって)個々人の記憶に眠っているあの青い輝きに満ちた原型をノスタルジーの中で見出したのである。
ミンヒジンの卓越したセンスがここにも発揮されている。少女のイメージを使った彼女のノスタルジー喚起の技術は日本のアイドルPDに比肩する存在がない。
だがこのパフォーマンスに対する日本人の反応には、単なるアイドル神話の復活を超えた社会的なノスタルジーの意味合いが込められている。このパフォーマンスが喚起したのは、今の日本社会が失ってしまった、1980年代という奇妙な「ポストモダン」時代の持つ(その後バブル狂乱とその崩壊へとつながってゆく)混沌としたエネルギーが空気のように満ちていたあの光景だったのである。
ミンヒジンがそこまで計算していたとは思えないし、そんなことにかかわらずニュジのドーム公演(ペンミ)は大成功であったし、その象徴がハニの「青い珊瑚礁」だったわけだが、あらゆる面で目を覆いたくなる今の日本社会の悲惨な衰退ぶりを見るにつけ、甘いノスタルジーに暫し浸った後には何やら薄ら寒い気分に陥らざるを得ない。
※あとこれは個人的な記憶だが「青い珊瑚礁」といえば、「金八先生」第2シリーズで金八と生徒たちがトイレ掃除した後にみんなで風呂に入って身体流しながら歌ってるシーンを思い出す。開成目指すガリ勉優等生が素っ裸で一番声を張り上げて「あ~私の恋は~」と歌っていたのが忘れられない。