昨日のつづき

浅田は東に、営業によってテクストが批評活動になることなどあるのか、と問いかける。
東 浅田さんと僕とで意見がただ一つ異なるのは、浅田さんは、良いテクストはどこかにポンとあったら誰か読むだろうって話なんですよね。
浅田 いや、読まないかもしれない。それは仕方がないでしょう。
東 読まなかったら、事後的に見ると単に消えたものですよ。
浅田 消えても仕方がないでしょう。
東 それはある種のニヒリズムなのであって、書きたい僕としてはそういう立場を取るわけにはいかないですよ。
浅田 僕はニヒリストであると自認するけど、誠実にやろうと思ったら、まじめに書いて、後は海に流すしかないと思いますね。
東 だから、僕はまじめに書いていますよ。
浅田 だから、それでいいじゃない?
東 僕はそうしているわけです。それで、プラス・アルファのこともやっている。それで誤配可能性が高まるんだったらいいじゃないですか。
浅田 でも、そこで「営業」というようなことを言い過ぎたから、つまらない誤解が生じているんですよ。
このやり取りの中に、浅田と東のスタンスの違いが凝縮されていると思う。
自分は浅田のスタンスに共感する。というより、いわゆる「批評家」と呼ばれる人で東のような人の方が珍しいんじゃないか。鎌田は(営業は)嫌いだとはっきり言っているが、それ以外の人も、自分のテクストを読んでもらうために仕方なくやっているという場合が多いのではないかと思う。柄谷や浅田は東から見れば恵まれていたということになるのだろう。東はこの時期から現在まで一貫してパフォーマティヴな活動を拡大し続けて来た。平成の(令和の)菊池寛のような人だ。不遇なぼくを菊池寛のような恵まれた成功者と比べるな、と叱られそうだが。彼の活動はまだまだこれからだと思う。歴史はあずまんにどんな判決を下すだろうか。
脱線したが、浅田はここで、これまで発言のなかった(とても口を挟める雰囲気じゃなかった)福田和也に発言を促す。
福田の発言とそれを巡る議論は割愛。論文と作品を分けて考えることの是非、みたいな話だがあまり興味を覚えない。
で、いよいよ浅田が柄谷に話を振るが、柄谷は「いま言われている議論は僕には全然わからないわけですよ(笑)」と天然の本領発揮。
簡単にいうと、僕はポジティヴなことを言いたいんですね。ポジティヴというのは、肯定的ということではなくて、むしろ破壊的なんですが、つまり積極的なことを言いたいということです。統整的理念という言葉に関しても同じで、僕は統整的理念ということでコミュニズムのことを意味している。カントの「目的の国」というのも実はコミュニズムのことです。
柄谷は翌年に立ち上げる〈NAM〉の理念のことですでに頭がいっぱいなのではないか、と思わせるような発言である。
これに対し、東は「浅田さんは話を柄谷さん個人をめぐる感情転移の問題にせばめてしまった」といい、「柄谷さん個人の自意識の話をされても困る」と反発。
このあと浅田と東の間で、東が基調報告で出したスピヴァックの論文をめぐって嚙み合わない議論が交わされる。浅田は東の言わんとすることがもうひとつよくわからない、と繰り返し、東のイライラは募るばかり。
そして遂に業を煮やした感じの柄谷が「だいたいここでスピヴァックがどうのなんて言う必要はない。十年以上も前の論文のことをいまさら言って欲しくないの。君は昨日読んだかもしれないけれども、そんなことはこっちは昔からずっとよく考えているよ」と言い放つ。
東は「柄谷さんがよく考えていらっしゃるのであれば、それはそれで伺いたいと思います。しかしここでは、僕にとっての新しい問題意識として差し出しているんです。」とまったくひるむ様子を見せない。この強心臓は見習うべきだろう(誰に言ってる?)。
そしてさらに議論は白熱していく。
東「浅田さんの話は一貫してコンスタティヴなレヴェルとパフォーマティヴなレヴェルが分かれているんですよ。」浅田「いや、もちろん最終的には分けられないけれども、とりあえず分けるべきだ」東「ただそれでは片付かない難しい問題がある」
柄谷「そんなことは意識的に分析したり計算するようなことではないのではないか。」
まるで柄谷(父)と浅田(兄)の間で東(末っ子?)がダダをこねているかのようにも見える。柄谷はシンポジウムの聴衆に向かって『東みたいな、このガキ!』と思ってもちゃんとシンポジウムに呼ぶ俺を評価してほしいみたいなことまで言い出す始末。
福田が見かねて(?)思わず割って入るが、対立的なムードは解消されないまま質疑応答のコーナーに入る。
最初の質問は「シニシズム(冷笑主義)」について。柄谷が答え、シニカルな人というのは、かつて理念に傷ついた人だ、という。もう騙されまいと覚悟して、そのことに一生懸命になり、理念を嘲笑する。柄谷自身は騙されたことがないのでそのようなシニシズムを持つことはない。
しかし、そういったシニシズムとはちがった、アイロニーとしてシニカルな態度を取る人がいるとし、その例として宮台真司を挙げる。彼は資本主義(たとえばセックスの商品化)を徹底させることで今までの家族なり国家なりをディコンストラクトしていくプロセスを評価しているが、資本主義は放っておけば永続するだけだ。それに対抗する実践が必要である。それを僕は考えており、さっきポジティヴなものと言ったのはそのことである。
この柄谷の発言から翌年の〈NAM〉までは一直線である。
浅田はレヴェルを分けて考える必要があると言い、田中康夫や宮台真司のように、とにかく資本主義の現実を認めて、アナクロニスティックな伝統主義に対抗することには意味がある。柄谷が資本主義がもたらす破局の「事後」という次のレヴェルのことを考えたいというのはよくわかるが、破局はどうも2003年には終わりそうもなくて、ずっと弛緩した「事前」の情況、何かが来ると言う脅えすらなくなった弛緩した情況が続くのではないと僕には思える、という。
柄谷は、僕はそうは思わない、いまの日本人が持っている程度の意識は、ほんのちょっとの経済危機で吹っ飛ぶと思うと主張する。これまで適合してきたシステムが完全に崩壊して再組織される。その過程は戦争という形態をとらなかったとしても同じことで、4,5年はかかる。
浅田「いや、4,5年ですむとは思えないんですよ。」
今になれば、浅田のリアリズムの方が状況を正しく見ていたことは明らかだ。
この見通しの誤りが〈NAM〉失敗の根本にあったのではないか。
次の質問は「村上龍について」だが割愛。
そして次の質問は東に向けられる:パフォーマンスで郵便性を高くするということをいったいなぜ志向するのか?
東「なんで攪乱したいのかと言われると、これはもうわからない。ただもう攪乱したいんだと言うしかない。」
ふたたび浅田から「事後的なパフォーマティヴな効果を事前に操作しようというのは無理な話」と言われ、柄谷からはデリダとかよりもマルクスやカントに取り組めばどうだ的なことを言われた東が完全に不貞腐れたような答えを返す場面でシンポジウムは終わる。