あの伝説の「いま批評の場所はどこにあるのか」を『批評空間』2-21を図書館で借りて読んだ。
1999年1月9日に紀伊國屋ホールで行われた公開シンポジウム。

まだ全員御存命だが、このメンバーが揃う事態はたぶん再び生じることはないだろう。
冒頭は柄谷の発言で幕を開ける。
『批評空間』第二期が20号まで出たということで、ここ10年くらいの過去を回顧すると同時に今後の展望があればそれについて話し合いたいと。
明治と昭和の並行説を唱え歴史の反復を信じている柄谷は、1999年は昭和16年に当たり、『批評空間』はある意味で99年に備えるためにやったものだという。昭和16年に始まった戦争は4年間で終わったから、次の「戦後」である2003年に備えることが必要だと言う。
このある種の「トンデモ発言」を浅田が引き取り、『批評空間』というのは「批評の場所」であると同時に「危機的・臨界的な場所」でもあって、常にいつ終わるかわからないぎりぎりのところを歩んでいきたい、今日は特に若い人から忌憚のない批判を含めて話して欲しいと言って導火線に火をつける。
そしていよいよ東が、「簡潔な基調報告」に入る。
まず出版されたばかりの自著『存在論的、郵便的』に対する反応について、松浦寿輝による書評「誤配を禁じられた手紙」(『文學界』99年2月号)を取り上げ、松浦が本質的に誤解していると述べる。松浦は東の本が「郵便的に書かれていない」と批判するが、それは「郵便的テキスト」が存在するという誤解に基づいている。テクスト(批評)の郵便性とはコンスタティヴ(テクストの内容)によってではなくそのテクストがパフォーマティヴにどういう効果を表したかという点を含めて事後的に明らかになるものでしかない。重要なのは郵便的な文章や本を書くことではなく、本というものをいかに郵便的テクストに変えていくかという、本の外での実践も含めて考えなければならない。
この松浦的な誤りは「批評界」一般にもあてはまるのではないか。すなわち、「批評的」な語彙やレトリックに満ちたテクストが即批評であるという勘違いが現状をひどく貧しくしており、『批評空間』という雑誌もこの欠陥から免れているとは言えない、と東は批判の矛先を柄谷や浅田に向ける。
端的に言えば東には、いま批評は「営業活動」を抜きにしては成立しないという現状認識があり、数千の固定読者にしか読まれないような雑誌では「郵便的誤配」も起こり得ないという強い危機意識がある。
続いて東はスピヴァックの『サバルタンは語ることができるか』という論文を引き合いに出し、「パフォーマティヴに表象できないものをコンスタティヴに表象できないものとしてテクストの中に描き込んでしまっている」という今の批評が落ち込んでいる罠(トリック)を指摘する。いま批評に必要なのはできる限り「誤配」を生み出しうるようなパフォーマティヴな実践であるのに、その課題を「パフォーマンスのイメージ」としてコンスタティヴな表現に押し込めて満足してしまっているのではないか。
このような『批評空間』周りの閉鎖性を糾弾する東の批判に対し、浅田は原理的に応答する。
一般に、テクスト自体をパフォーマティヴなものとして作ろうとするのはおかしいんで、むしろコンスタティヴにきちんと書けばいい。また、そのようにコンスタティヴに書かれたテクストであっても・・・批評的なパフォーマンスとして機能しうる。そこまではよくわかるんですよ。ただ、東さん自身が言われたように、そういうパフォーマティヴな効果は事後的にしかわからないわけでしょう。とすると、自分のテクストがどう受け取られ、どういう機能をもつかを、前もって予測し、そこへ介入していく・・・のはそもそも無理だし、無意味なんじゃないですか?
東は、僕が言いたかった問題はそういうことではないと反論し、90年代に入ってコンスタティヴなテクストが書かれなくなり、福田和也や宮台真司のようなパフォーマティヴにばかりやっている批評家が出てきた状況を問題視する。
東と浅田が「コンスタティヴなテクストを書くべき」という考えで一致しそうになったところで、鎌田が「僕はコンスタティヴとパフォーマティヴという区別で考えていない。東さんは、批評という言葉を極めて低いレヴェルで批判している」と口を挟む。
東 問題は批評という言葉が何を指しているかですね。いまの鎌田さんのお話を聞いていると、ある種の強度を持った思考というのは、すべて批評と呼ばなければいけないことになるのではないですか?
鎌田 いや、どう呼んでもいいという立場です。
東 どう呼んでもいいというのであれば、「批評」についての話などできないではないですか。
ここで浅田が鎌田にまとまった話をするよう振るが、鎌田の話の内容は割愛する。要は柄谷に対する批判で、日本において「戦後」がそんなに早く来るとはどうしても思えないという。
これを聞いた東が、「失礼ながら鎌田さんの『批評』のフォーマットというのは、僕がずっと批判し、それに抵抗しようと思って努力してきたもの」だと述べる。鎌田がこれに反論し、かなりヒートアップしてきたところで、浅田が論点を強引に単純化するが、議論はまったく収まらない。
鎌田 ・・・しかし、それは狭い意味での商売の話でしょう。
東 いや、それこそが商売の話ではないんですよ。
鎌田 僕は自分が状況に対して透過的に介入できるとは全く思っていない。
東 状況介入的に動かないんだったら、シンポジウムなんかに来ないほうがいいですよ。
鎌田 一貫して僕は誠実でしたよ。
東 誠実でも何でもないよ。
この大変な状況に柄谷がさらに油を注ぐ。
柄谷 僕は東君は自意識過剰だと思うよ。
東 何の話ですか。僕の本への書評から入ったから?
ここから今度は東と柄谷の間で激しいやり取りが始まる。
柄谷は一貫して半笑いで、ムキになった東を「余そうとする」姿勢だが、東がそれを許さない。柄谷の言うことは「批評」ではなく単にリジェクトしているだけだ、とつっかかる。
再び浅田が介入し、話を「パフォーマティヴ」の話に引き戻す。
僕はむしろ本当は誰も読まないかもしれないという古典的な前提でいくしかないと思いますよ。・・・テクストは、昔からの比喩で言えば、無人島から瓶に入れて流すしかないので、郵便的なもののモデルは結局はそういう投瓶通信ではないか。それに対して、東さんは、いや、営業が必要だ、それがテクストを批評にするのだ、と言われるけれど、そこがもうひとつよくわからない。僕は原理的には営業なんかする必要はないと思うんだけど。
これに反論しようとする東に、
「好きなんでしょ、そういうの(営業)が」
と横やりを入れる鎌田。
「そうかもね」と答えた東に、「俺は嫌いだよ」と言い放つ。
東 嫌いだったらこんなところに来るなよ。
鎌田 僕は状況全てを拒絶したいともできるとも思わない、と言っている。
東 そうじゃないよ、こういうのも営業なんだよ。こういうのを含めて、批評活動だって言っているんだ。
このあたりの言葉が実際にどういう空気で交わされたのが気になる。
このシンポジウムの後に起こったことを考えれば、本当に険悪な雰囲気だったのだろうと思われる。
面白いので つづく