を購入して試聴する。
東がこの中で、ミハイルバフチンのドストエフスキーの詩学という本がすべての文芸評論の中で一番好きな本だといって付箋だらけになった文庫本を見せていたが、自分の持っているのまったく同じ状態だったので親近感を覚えた。
東浩紀に興味を持つようになったのは、Youtubeに上がっていた「雑談動画」を見たことがきっかけである。彼が自室でワインなどを口にしながら延々と数時間以上にわたって一人語りを続けるというだけのシンプル極まりないコンテンツで、視聴者数など気にせず彼自身のストレス発散のためにやっているかのような無造作なものだ。
ところが、見ているとついつい引き込まれる。頭の回転の速さと言語表現能力の高さ、語られている内容の抽象的になりすぎないアクチュアルさと巧みな自分語りといったものの魅力はもちろんだが、全体的に彼の何ともユーモラスな性格的魅力が漂っていて、見ていると思わず笑ってしまう(もっともこれは自分にとって魅力的というだけで、妻の前で見ていたら「何が面白いの?」という感想だったので決して普遍的な感想ではない)。
この雑談動画をきっかけにして彼の著作にも手を出してみた。デビュー作『存在論的、郵便的: ジャック・デリダについて』は一読したがさっぱり訳が分からなかった。もう一つの代表作とされる『動物化するポストモダン』も、前著よりは分かりやすかったが、基本的にアニメやゲームなどのカルチャーに興味がないのでいまひとつピンと来なかった。
『ゆるく考える』や『郵便的不安たちβ (河出文庫)』といったエッセイ風の短い文章を集めた本は面白かった。何より面白かったのは『クォンタム・ファミリーズ』と『キャラクターズ』という小説作品で、SFの苦手な自分もグイグイ引き込まれるような怪作であった。
近著の『観光客の哲学』と『訂正可能性の哲学』は、以前は難しい言葉で語っていた内容を、その深さを保ったまま比較的平易な言葉遣いで書かれていて、名著だと思った。
しかし、本よりも、自分が東浩紀について最も注目しているのは、彼の言う「パフォーマティブな批評」の実践としての「株式会社ゲンロン」である。
彼は浅田彰や柄谷行人が主催する現代思想誌『批評空間』でデビューし、現代思想界や批評界から注目された。しかしポストモダン言説の閉鎖的な環境に飽き足らず、やがて彼らと袂を分かってサブカルチャーやネット社会に関する同時代批評の分野で活躍するようになった。だが彼の活動のスケールはそれにも満足せず、大学や組織の軛を断ち切って、マスメディア進出の道も閉ざし、自由な言論の場を目指して2010年に自らの会社「ゲンロン」を立ち上げる。ここから10年の歩みは、『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる 』(中公新書ラクレ)という本に詳しく書かれていて、経営者として悪戦苦闘する東社長(途中で社長は降板)の姿が共感を誘う。
彼は2011年の東日本大震災の後、「福島原発観光地化計画」というプロジェクトを立ち上げるが、地元や批評界から冷笑され非難を浴びることになる。これは東が以前から行っていたチェルノブイリ原発などへの「ダークツーリズム」の一環としての活動であり、決して話題性狙いの企画ではなかったのだが、「観光地化」という言葉が余りにも軽薄に響き反発を買ったのだろう。個人的には、原発事故の記憶を風化させないためのアイディアとして見るべきものがあったと思っている(現にあの事故は不幸にも風化が始まっているように思う)。
この企画の失敗にもめげず、彼はその後も毎年チェルノブイリとウクライナへのツアーを組織し、アジア諸国の戦没者の記念碑や戦争博物館への訪問を続け、それを機関誌「ゲンロン」に「哲学的紀行文」として掲載している。いずれも読みごたえのある思想的エッセイである。
他にも「ゲンロン」では日本でほぼ注目する人のいない「現代ロシア思想」を2016年に取り上げ、2022年のロシアのウクライナ侵攻の後には現代ロシア研究者たちによる特集を行うなど、後世に伝えられるべき貴重な仕事を行っている。
最新号(「ゲンロン16」)では、戦時下のウクライナを訪ねた東による「現代の社会における戦時とは何か」を考察する、今の世界情勢や日本のこれからを知るうえで必読と思われる論考が掲載されている。
ゼロ年代に派手に注目された姿とは異なり、今の東浩紀は一見地味だが実に素晴らしい仕事をしていると思う。そういう彼を知ることができたのがYoutube雑談動画というのも皮肉な話だが、SNSやYoutubeというのはあくまで入口であって、大切なのはそこから自分で本を読んだり話を聞きに行くなりして、単なる「情報」に終わらせない「咀嚼」の期間を視聴者が持つことだと思う。
今回視聴した動画は、文字通り「東浩紀がいま考えていること」を語るという内容で、質疑応答も合わせると実に5時間に及び、単なる雑談ではなくきちんとしたレジュメもあって思想的に中身のあるものだった。
「ゲンロン」で読んでとても興味深かった「悪の愚かさについて」という批評をひとつの骨子とする新たな書籍を出す予定とのことで、それにも期待している。