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NAM(メモ)

シンポジウム「『倫理21』と『可能なるコミュニズム』」

2000.11.27 紀伊国屋ホール

浅田彰柄谷行人坂本龍一山城むつみ

発言要旨

浅田 昨日東大で行われたNAMの集会は寝過ごして出席できなかった

この秋から遅まきながらNAMに加わった

柄谷の「トランスクリティーク」はボルシェヴィズムとアナーキズムの間の第三者の立場だが中身がはっきりしない

柄谷 「ちゃちなことで俺が運動をやると思ってるのか、お前らは」

浅田 柄谷のいう「未来に対する責任」というのは、「いま、ここ」にいる相対的他者ではなく「絶対的他者」に対する責任を物象化することであって、やってはいけないことではないか。ある意味で「僧侶」になったように見える。

柄谷 「自由」のためにやるわけであって、絶対的な他者に対してやるわけじゃない。

浅田 絶対的な他者に無限の応答責任を負うという考え方はニーチェ的にいうと最悪のモラリズムになりかねない。それは一種の麻痺ーすべての「他者」に対して優しくありたいと願い、「他者」を傷つけることを恐れて積極的なことは何もできなくなるという、ポリティカリー・コレクトな態度を招き寄せるだけではないか。

柄谷は上記のような脱政治化されたモラルをもう一度政治化しようとしている。政治化する以上、どうせ悪いこともやるわけだから、だれかを傷つけるし、自分も傷つくけれどしょうがないからやるしかないんだというのが柄谷のいう倫理=政治ではないのか。

柄谷 そうです

浅田 僕は「湾岸戦争に反対する文学者の署名」に参加していませんー文学者ではないから。あのとき柄谷さんのようなひとが田中康夫ごときと一緒にやるのがすごくいいことだと思っていた。あの呉越同舟潜在的にNAM的だったと思う。

ただ、ある段階で、柄谷は田中康夫のような「俗物」を排し、自分の理論を分かってくれるかに見える忠実な子分のような連中を重視するようになったと僕には見える。

柄谷 かなり現状に対する認識を欠いた、半年くらいまえの判断だと思う。

現実には、参加している人は多様な職業的経験を持っている。「現代思想歩き」みたいなのをやっている人はほとんどいない。その点誤解のないようにしてほしい。

柄谷 地域通貨メーリングリストに参加している鈴木健をNAMに入らないかと誘ったら、MLで貢献しているから入る必要がないと言われたので、「NAMについてごちゃごちゃいっているということは、NAMに入りたいということでしょうが」と言って入ることになった(笑)

浅田 それじゃ宗教の勧誘ですよ(笑)

坂本 僕は浅田さんや柄谷さんのように原理的に思考できる人間ではない。しかし、僕のように非常に無責任に40数年生きてきた人間にも明白なくらい、環境が悪化してきたんじゃないか。かなり楽しい人生を48年やってきたので、僕はすぐ死んでもかまわないんですけれど、まだ生まれていないひとも含めた次世代を考えると、これはやばいな、と思った。われわれの世代がゴミだけ出して処理しないでどんどん死んで、「知らない、あとで勝手にやってね」というのはあまりにも無責任だろうと思うんです。

浅田 ナチスによるユダヤ虐殺という絶望的な状況で子どもをうむべきかどうか。「生き物なんだから遺伝子を残せ」という定言命法には逆らいたい。僕はひとに聞かれたらバイセクシュアルだといっていますけど、「人間は子どもを残さねばならない」というモラリズムがどれほど人間を縛ってきたか分からない。だから僕は子どもを残さなくたっていいと思うし、逆に、他人の子どもも自分の子どもと同じように教育すべきだ―悪いことをしたら場合によっては殴らなきゃいけないし、危険を救うためには自分を犠牲にしなきゃいけないと思うんです。

山城 これをいうと柄谷は嫌がるけれども、NAMが資本と国家を死滅させるとしたら、それは柄谷行人が死んだあと、浅田さんも坂本さんも死んだあとでしょう。柄谷行人がいてもいなくても「原理」があるから、「いまだ生まれざる他者」への義務からやるんだというのでないと意味がないと思います。

柄谷 手に職をもったひとに入ってほしい。現代思想を読んで歩き廻っているような連中や、「だめ連」のような三流の物書き志望のひとたちには、はいってほしくない。

僕は、NAMを巨大な組織にすることを目指していない。たんに、NAM的なものが浸透すればいいと思っている。だから、結論を言えば、「NAMに入って下さい」(笑)

 

来るべきアソシエーショニズム

文學界』2004年11月号

発言要旨

浅田 僕自身、NAMの創立メンバーではなかったものの、NAMが人間関係の軋轢から困難に陥った時点で柄谷の要請でNAMに加わりつつ、ほとんど何もしないまま問題が悪化して行くのを座視して放置したという経緯があるので、柄谷に責任を問うような立場にはまったくないけれどもーー事実として日本でNAMの実験はうまくいかず、2003年に解散にいたった、そのことを今どのように考えるか。

柄谷 僕は運動家じゃないので、二、三年で誰か実践的なリーダーが出てきたら引っ込もうと思っていた。

NAMがうまくいかなかった理由は、まずMLに依存しすぎたこと。海外にいることが多く、本当にやるつもりだったら日本にいないといけないのに自分の場所に都合のいいように運動を起こしたためにその弊害を自分が受けることになった。

もう一つの理由は、運動経験のある未知の人を組織すべきだったのに僕の読者を集めちゃった。ネットでやるとどうしてもそうなる。それで柄谷ファンクラブみたいになってしまった(笑)。しかしファンクラブというのは現実には仲が悪い上にむしろ柄谷批判することが真のファンだと思っているからその中で軋轢が生じる。

そうなるとちょっとほかの人たちは割り込めないような感じになって来る。実力のある人、自立した人が入って来てもそういう雰囲気がいやになったと思う。

実はファンクラブがなくなっただけで、NAMのネットワークは今も続いている。実践的にはNAMはこれからだと思う。




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