ネットというのは便利なもので・・・、と今更何言ってんだと我ながら思うが、少し前なら知りようもなかった間宮貴子のことが掘れば色々出てくる。
そのうち下に書いたようなことなどチャットAIに頼めば一瞬で出てくるようになるのだろうな。
とはいっても肝心な部分に手が届かないのは仕方がない。
「90年代以降のタレントさんの不幸は、消えられないこと」と菊地成孔が言っていたが、その通りだと思う。きれいに消えてしまった人のことをわざわざほじくり返すのもどうかと思うけど、肝心な部分には触れてないので勘弁してちょ。
間宮貴子は1978年に「PAO」というクロスオーバー志向のジャズ・ボーカル・トリオでデビューしている。

他の二人のメンバーは化粧品や水着のCMタレント、グラビア・モデルとして活躍し、アグネス・ラムを追うように3代目クラリオン・ガールに選ばれたサビーネ金子と、

CM音楽などを手がけ、のちに堀江美都子や影山ヒロノブにも曲を書いた三浦義和(当然ながらロス事件の三浦和義とは別人)。

この三人で「Say Yes」というシングルを出すが、この後に間宮が脱退。

PAOは宮﨑文子を新たなメンバーに迎え、1980年にビクターから「YOU」というアルバムを発表。

中村哲、鈴木茂のアレンジのもと、大村憲司(g)、松原正樹(g)、難波弘之(key)、中村哲も在籍したプリズム一派から鈴木徹(ds)、久米大作(key)、渡辺建(b)、SHOGUNから山木秀夫(ds)、長岡道夫(b)らも参加するなど、豪華なメンバーによって製作されており、のちの間宮貴子の名盤「LOVE TRIP」の参加者とも重なっている。
だが、これがPAOの最初で最後のアルバムとなった。
脱線するが、三浦はPAO解散後食うに困って別名で自販機本に漫画を描くようになり、そこで音楽もできると知ったビニ本編集者から声を掛けられ「エロテープ本」の音楽を担当することになる。
バックバンドはキーボード、ピアノ、アコースティック・ギター、エレキギター、ベース、ドラム、フルート、パーカッション、さらに女性コーラスが三人いたという豪華編成。変名でクレジットされているディレクターは、81年に角松敏生の1st制作に関わり、1年後にはオメガトライブのプロデュースを務めた大物。このレコーディングに上に挙げた一流ミュージシャンのが誰かが参加していたとしても意外ではない。
それはともかく、PAOを脱退した間宮貴子は、1982年にいよいよ彼女名義のアルバム
「LOVE TRIP」を発表する。
以下「音楽ライター:金澤寿和の音盤雑感記」の記事より引用
キティからの発売で、来生たかお/えつこ姉弟や星勝といったレーベル所縁の面々が楽曲提供や編曲を分担している。サウンド・プロデュースは、ジャズ・サックス奏者の沢井原兒。当時はベーコン・エッグというフュージョン・バンドを率い、かのエレクトリック・バード・レーベルから作品を発表していた。そしてその下に、山下達郎バンドのギタリスト:椎名和夫、寺尾聰のアレンジで名を馳せた井上鑑らがアレンジャーを務める。
参加ミュージシャンも椎名(g)と難波弘之(kyd)、鳴瀬喜博(b)、上原裕(ds)など、達郎バンド+ベーコン・エッグの面々。上原は達郎作品でも叩いていたし、難波と鳴瀬は金子マリ&バックス・バニーで一緒だった。このリズム・セクションを母体に、井上(kyd)や松木恒秀(g)、向井滋春(tb)といったスペシャリスト、沢井率いるビックリ・ホーンズ、それに東北新幹線の2人がコーラスで参加する。
そしてそのサウンドが、もぅ~とっろとろのメロウネス。ほとんどの楽曲がキラー・チューンと成り得る完成度で、とりわけ1~5曲目(アナログA面)の流れは完全にミラクル。多彩な楽曲を並べるのではなく、一定のムードを保ってアルバム全体をコーディネイトしている。タイトル曲<Love Trip>の英語ヴァージョン<What A Broken Heart Can Do>を最後に置く試みも、下手なリプライスを入れるより遥かにオシャレ。それもこれもイイ楽曲が揃っているからこそ、である。
そしてヒロイン間宮貴子は、特別に歌が上手いワケではないのに、これだけ完璧なサウンドに埋没することなく、スムースにスイスイ泳いでいる感じ。聴き込めば聴き込むほどに酔いが廻ってくるような、そんな媚薬的名盤になっている。これは “本作を聴かずして、J-AORファンを語ること勿れ” と言うしかない。
曲目:
1. LOVE TRIP
作詞:来生えつこ 作曲・編曲:椎名和夫
2. チャイニーズ・レストラン
作詞:三浦徳子 作曲・編曲:星勝
3. 真夜中のジョーク
作詞:竹花いち子 作曲:難波弘之 編曲:沢井原兒/塩村宰
4. 哀しみは夜の向こう
作詞:三浦徳子 作曲:包国充 編曲:椎名和夫/塩村宰
5. ALL OR NOTHING
作詞:来生えつこ 作曲:星勝 編曲:椎名和夫
6. 渚でダンス
作詞:三浦徳子 作曲:難波弘之 編曲:沢井原兒/塩村宰
7. ONE MORE NIGHT
作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:椎名和夫/塩村宰
8. モーニング・フライト
作詞:三浦徳子 作曲:沢井原兒 編曲:椎名和夫/塩村宰
9. たそがれは銀箔の・・・
作詞:来生えつこ 作曲・編曲:井上鑑
10. WHAT A BROKEN HEART CAN DO
作詞:Gregg Oldron 作曲・編曲:椎名和夫
Produced by 沢井原兒
<PRINCIPAL MUSICIANS>
Key.:難波弘之
EG:椎名和夫
EB:鳴瀬喜博
Dr.:上原裕
Latin Percussion:横山達治、帆足哲昭
Brass Section:BIKKURI HOURNS(岡野等、荒木敏男、塩村修、川島茂、沢井原兒、包国充)
<ADDITIONAL MUSICIANS>
Key.:井上鑑
EG:永井充男、松木恒秀
Brass Section:数原晋、向井滋春
Flute:衛藤幸雄、相馬充
Strings:大野グループ
Chorus:山川恵津子、鳴海寛、松田真人、星勝、Satoshi Tamaki
発売当時はほとんど売れなかったようだが、近年のジャパニーズ・シティ・ポップ再評価の流れで2012年にCD化され、その後も次々に復刻、2022年にはSACDハイブリッドが発売、2023年春にはサブスクでも聴けるようになり、今年の夏には<ピンクカラーヴァイナル>も発売されるという。まさに時代を超えた名盤である。
One More Nightは香港のTeresa Carpio(杜麗莎)が日本制作のLPでカバーしているとか。
「LOVE TRIP」はユーチューブに上げられた音源が多くの海外のリスナーを捉えていて、間宮貴子について熱心に調べている海外のブログもある。
その中の一つの記事を以下に翻訳してみる。
Takako Mamiyaに何が起こったのか?(謎が解決した)
間宮貴子は、象徴的なシティ ポップ アルバムで何百万ものリスナーの心を捉えてきた。「ラブ・トリップ」。シティポップを知る人なら誰でもこのレコードを知っているだろう。深い夜の雰囲気を持った日本のジャズ・ ポップ・ フュージョンの大傑作である。
Takako の声は非常にハスキーで濃厚な味わいを加えており、聴けばほとんど気絶してしまうほどだ。『Love Trip』は、彼女の人気が広まってからというもの、何度か再発売されており、アルバムはほぼ毎回売り切れとなっている。 『Love Trip』ほど評価が高く広く知られたシティ・ポップのアルバムの復刻作品は他にほとんどないのに、なぜこの歌手と彼女の消息についてほとんど知られていないのだろうか?
いくつかの調査を通じて、彼女が「イースト・ワールド」というレーベルで活動を開始し、そこでクラシック・ロックやフォークを歌っていた可能性があることが発見されたが、その記録はどこにも存在しない。彼女は「PAO」というトリオにも短期間在籍していたと考えられているが、それ以外のことは謎に包まれている。これはシティ ポップ コミュニティにおける最大の未解決の謎の 一つである。
今の時代、私たちは有名人に起こったことのほぼすべてを知っており、彼らがどこで何をしているのかをリアルタイムで知ることができる。私たちは、有名人が人生の最後にどうなったのか、まだ存命中なのか、どこかでひっそりと生きているのかについて詳細な記録を手に入れることができる。インターネットは完全に何が起こったのかを記録している。
しかし問題は、間宮貴子が『ラブ・トリップ』をリリースした1982年にはインターネットが存在しなかったことである。どこかに文書化されているか、彼女を知る誰かが話したものでない限り、彼女を追跡できるものは何もない。貴子ほど、自分の周りに深く謎めいた靄を抱えている歌手はほとんどいない。これほど優れた歌手であり、たった一枚のレコードを残しただけで、その音楽で聴衆を本当に魅了してきた女性に、一体何が起こったのだろうか?
『Love Trip』を聴くと、それが失恋、孤独、別れといった真夜中のさまざまな感情やロマンチックなムードを巡るメランコリックな旅であるということが分かる。そのテーマは、全体を通じて微妙な悲しみの色合いだ。ジャジーなコード、ソフトシンセ、美しい進行が詰め込まれている間、彼女の声は地上の時間が早すぎることを知っている厳粛な蝶のようにミックスの上を飛び交う。
彼女が私たちに残したアルバムがこの 1 枚だけであることを考えると、それを聴く体験そのものに悲しい要素がある。もしこれがこれほど強力な曲を集めた作品でなかったら、近年のように多くの再プレスが行われることはなかっただろう。
「Love Trip」 を手に入れることができたシティ・ポップ ・コレクターは、きまってある種の達成感と満足感を味わう。相当なファンベースを獲得しており、現存する数種類の彼女の写真は世界中のアーティストによってリメイクされている。
奇妙なことに、日本でリリースされた作品の評価システムである「オリコン」には、当時のアルバムの記録がまったくなく、これはおそらくアルバムの成績が悪かったことを意味している。日本の大衆が『ラブ・トリップ』を「西洋的」すぎる、あるいは海外の観客向けに仕立てていると見なした可能性があることを考えると、当時の批評家からはあまり受け入れられなかったおそれが十分にある。もしそうだとしたら、それが貴子を日本の音楽シーンから完全に消滅させた要因だったのかもしれない。
ソーシャルメディア上の多くの人々は、彼女が完全に消えたのではなく、舞台裏で商業プロジェクトに取り組んでいたと主張しているが、ファンが発言した例はほとんどなく、信じるに足る根拠はない。
今やカルト的なレコードレーベルであるキティ・レコードからリリースされ、素晴らしい協力者たちの協力を得てリリースされたが、これほど優れた内容であるにもかかわらず、このアルバムの不評の原因は資金不足(宣伝不足)にあるのではないかと噂されている。
残念な事実は、彼女が本当に姿を消してしまったことであり、彼女が今どこにいるのか、そして彼女が生きていて、彼女を懐かしむ何百万ものファンが彼女の名前と音楽を称賛するのを見ることができたとしても、ファンが彼女に直接声を届ける手段がないということだ。
結局のところ、間宮貴子さんの失踪は、私たちが直接の証言や友人や家族からの証言を通じて何が起こったのかを真に突き止めることができない限り、決して解決されないかもしれない。悲しいことに、間宮貴子が本名であるかどうかさえ分からず、それが芸名であるかどうかについて諸説がある。
少なくとも私たちは「ラブ・トリップ」で彼女を偲び、シティ・ポップのファンや日本の音楽愛好家が最終的に何らかの区切りを付けることができるように、いつか彼女が再登場することを願うことしかできない。
貴子さん、もしそこにいるなら、素敵な音楽をありがとう。そして、もしできるならば、どうか戻ってきて下さい。
Van Paugam
このブログの続き。
間宮貴子に何が起こったのかの謎が解けたようだ。韓国のユーチューバー、ミンケンによると、彼女は健在で、元キティレコード・ディレクターの椎名和夫氏が確認したという。 『ラブ・トリップ』発売後に結婚したが、売り上げ不振のため即引退。このレコードがリリースされた1982年にはオリコンにランクインしていなかった記憶がある。40年経った今でもこのレコードはシンボリックであり、このジャンルの愛好家にとって必須のアルバムとみなされているのは興味深いことだ。
この韓国ユーチューバーの動画へのコメントの一部を翻訳。
一番好きなシティポップアルバム。これを越えるものはありません。
夜の街の真ん中に運転しながら聞くととても良いです。
デビューと同時に引退されたのはとても残念です。
もう一度戻ってくれたらと思います。
私も持っているレコードです!聞けば聞くほど飽きないボーカル、メロディー、編曲ともおしゃれな名盤だと思います! !都市伝説のようになってしまったレコードなのに椎名和夫様が直接知らせた貴子様の情報まで!すごいですね!
Love trip が好きすぎて間宮貴子様について探してみましたが、82年度にアルバム出す時20だったら現在50代だと思います。私は日本語もできず、インターネットに情報もなく、放送資料やインタビューもなくてとても残念です。「真夜中のジョーク」は百回以上聴きましたが、アルバムが売れなかったなんて……とても残酷な現実です。
最初にシティポップを知ったアルバムなのに(その時はシティポップというジャンル名すら知りませんでした)…当時どんなにグーグルでミュージシャン情報を探してみようとしても出てこなかったのにとても気になっていた部分を知れてよかったです!現在、そのアルバムの初版は価格がかなりいってます。
ああ..私もアマゾンであのLPで買おうと思ってたのに数日後に決済しようと思ったら売り切れてしまった……だからCDで買ったのに意外に再入荷が早いという…これは名盤中の名盤です。スキップする曲がまったくありません、CD聴きながら歩いて最後まで聞いたら何かお風呂に入ったようにすっきりする感じ…ところでマミヤ様はこんなに美しい音楽を作ったのになぜアルバム一枚で消えてしまったのか…...
