
全裸の少女が目の前に現れる。
その光景に心ときめく人は一定数いるだろう。そのときめきにつけこんでか、今も昔も「全裸の少女が目の前に」という状況をぶつけるお色気コンテンツは多い。その代表例のひとつに、おそらくラノベがある。
例えば、前期にアニメ化された『銃皇無尽のファフニール』だ。あれも序章の後の第1章は、学園アイランドにすっ飛ばされた主人公が、全裸で海に立ちんぼしているヒロインとうっかり遭遇するところから始まる。このシーンを見ていて、僕はこうつぶやいていた。
「精霊剣舞だ」
いったいなぜ僕の口から『精霊使いの剣舞』が出てきたのか定かではないが、おそらく「全裸で水浴びをする少女と鉢合わせる」というシチュエーションが、あまりにもそっくりだったからだろう。
全裸の少女が目の前に現れる。このメソッドは、そろそろ伝統芸能の域に達しつつある。
伝統化が進む一方で、全裸少女メソッドは「速度」についても精進に余念がない。例えば、先ほども出てきた『精霊使いの剣舞』だ。第一章の冒頭を引用したい。
穏やかな木漏れ日の射し込む、閑かな森のなか。
ちゃぱあっ。
と、そんな水音が響きわたる。
カミトはーー
ぽかん、と口をあけ、その場に立ちつくした。
女の子だ。目の前に全裸の女の子がいる。
全裸の少女が目の前に現れた。書き出しから6行目に現れた。
付言すると、上記文章は第一章タイトルのすぐとなりから書き出される、いわば最初の最初の文だ。加えて『精霊使いの剣舞』には序章にあたるものがない。よって、上記の文章が、『精霊使いの剣舞』を手に取りページを開いた時、真っ先に遭遇する文章になる。
6行目で全裸の少女が目の前に現れる。なんという潔さだろう。この事実に気がついてから、僕はこのラノベに感動すら覚えるようになった。
僕の中では「3ページ以内に出る」という先入観があったのだが、事実はさらに先端を進んでいた。3ページ以内ではダメなのだ。全裸の少女は、1ページ以内、開始から数行目に出さなければいけない。もし、悠長に3ページ目に出したら、読者は離れていってしまうだろう。
「あの新作、どうだったよ」
「あぁ、ありゃダメだ。全裸の女の子が出てきたのが3ページ目だった」
「あちゃー、そりゃダメだわ」
「だろう? その点、精霊使いの剣舞はさすがだよな」
いや、そんな会話はさすがにありえないと思うし、あったらとてもびっくりするだろう。
ただ、この書き方はもしかすると『精霊使いの剣舞』特有のものなのかもしれない。他のラノベも見てみよう。そう思い、アニメ化企画進行中だという『落第騎士の英雄譚』を手に取った。
表紙を見る。赤髪のヒロインだ。『精霊使いの剣舞』とは異なり、巨乳だ。表紙をめくり、カラーページを眺めると、炎にまつわる能力持ちであることが分かる。
そして本文を読み始める。このラノベは序章から始まる。その冒頭は、次のようなものだった。
日課のランニングを終え、黒鉄一輝が学生寮の自室に戻ると、
そこには半裸の美少女が居た。
半裸の少女が目の前に現れた。イラストでは黒いランジェリー姿だが、それよりも出現速度がすごい。
2行だ。たった2行目に、半裸の少女が現れた。『精霊使いの剣舞』の6行目という記録を、あっさりと抜き去っていった。
事実はさらに先端を進んでいる。もはや行単位の勝負だ。
そうなると、2行という快挙を成し遂げた『落第騎士の英雄譚』は、まさに「アニメ化に値する猛者」だ。そして、落第騎士を越えんとするものは、この2行という壁を突破しなければいけない。それはもう行単位ではなく、文字数単位の勝負だ。今日もきっと、全裸や半裸の少女が、1文字の壁を越えんとしのぎを削っているのだ。
ふりかえって『銃皇無尽のファフニール』だ。アニメ版は原作と同様、幼少期の主人公と妹がドラゴンに襲われるプロローグから始まる。しかし、尺の都合でだいぶ圧縮され、短いプロローグの後にメインヒロインの全裸が現れ、OPが始まるというのが1話のあらましだ。
OP前に全裸の少女が目の前に現れる。
ふと、アニメ版の『精霊使いの剣舞』はどうだったかと疑問が浮かぶ。ひさしぶりにニコニコ動画の第1話を開いた。
アニメ版では、主人公の回想シーンが冒頭で描かれる。その後OPを挟んで、原作第1章のシーンが開始される。
おや? 『銃皇無尽のファフニール』よりも、登場が遅いんじゃないのか? 登場時間を比較してみよう。
精霊使いの剣舞:2分48秒
銃皇無尽のファフニール:1分28秒
『銃皇無尽のファフニール』が越えてきた。原作で『精霊使いの剣舞』に負けている分、こちらで盛り返してきたか。大したもんだ、ファフニール。それでこそ、剣舞の後継者だ。
全裸の少女が目の前に現れる物語は、今日ではとてもありふれたものになった。そして、全裸の少女が現れる速度は、日に日に更新されている。それは、多くの需要を満たし、多くの読者・視聴者の期待に応えるための、生き残りの戦略なのかもしれない。