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ただ寂しかっただけ

5月8日

お昼に会社の近くでガレットを食べた。頑張った日、疲れた時にだけ行くことにしているお店。

 

最近は、家にいるよりも仕事をしていた方が良いと思ってしまう。お昼は気分転換できるし、やることがある方が余計なことを考えないというのが理由。

 

余計なことというのは、不安や恐れ、罪悪感、羞恥心など。こんな感情に向き合うぐらいなら、周りの人のために何が出来るかを考える方がよほど建設的。

 

ここ数週間の私のテーマは、執着。心が苦しい時、その原因の大半はおそらく執着だと思う。風の強い日に物干し竿に絡まりつくストッキングや、雑に片付けたドライヤーのコードみたいにうだうだして、人に不快感を与えるもの。自分のことがいつまでも許せない。

 

しかし開き直るわけじゃないけど、執着を拭い去るというのは、死ぬまで人間が闘い続ける課題の一つじゃないだろうか。執着を捨てるためにある人はミニマリストになり、ある人は僧侶になり、ある人はスピリチュアルに傾倒する。

 

割と断捨離できるようになってきたと思っていても、油断するとゾンビになりそう。そんな暇があったら健康目指そうということで、ジムに通うことにした。以前から会社帰りや休日に通いたいと考えていて、4月にキャンペーンをやっている所があったから。

 

ゴールデンウィーク中にウェアも揃えた。スパッツを買い、スニーカーを新調。今日も少しランニングをして気持ちが良かった。会社帰りの時間帯に運動している人、思ったより多い。ランニングマシンが20時頃から満席状態。

 

運動に興味がなかった頃から不思議だったのは、なぜ運動する人は皆「スパッツ」を履いているのかということだった。たとえば、少しダボッとした薄いシャラシャラしたようなパンツだといけないのか。スウェットじゃ駄目なのか? しかしスパッツには理由があり、速乾性はもちろん、筋肉をサポートして疲労軽減してくれるなどの効果がちゃんとあるらしい。海外では通勤用パンツの下にスパッツを履いている人や、普段からスパッツのみで過ごしている人も多いのだそうだ(ネット調べ)。

 

スパッツのサポートも借りて、足の筋力をつけたいと思う。ここ数年在宅に慣れてかなり筋力が落ちていたし、冷え性なのも気になっていた。冷えは大敵。特に婦人科系の病気など。

 

時々何かに失敗もするけど、そんな時は過去に乗り越えてきたものを思い出すことが一番の薬になる気がする。あとはなぜそれをしてしまったのか、客観的に見つめること。そうすると、自分も中々思う状況にならなくて疲れていたのかな、その時は苛々していたのかな、うまく伝えられなくて悩んでいたのか、本当は寂しかったのだろうかと、その時の姿が見えてくる。人間だもの、という言葉は、いつもすべて洗い流してくれる魔力を持っている。だとしたら私は、ただ人間なだけ。行き止まりみたいな場所で、ただ疲れてしまっただけだ。

 

5月11日

問い合わせていた賃貸の内見に行った。同じ駅にある不動産会社に2件、別の会社に1件の3件をまとめて内見する予定だったが、うち2件は決まってしまったらしく、1件だけ内見させてもらった。

 

悪くはなかったんだけど、何と言うのか。自分がそこで生活している姿が、全然想像出来なかった。見学が夕暮れ時だったのも関係している気はするが、漂う哀愁が物凄く、自分にはこの部屋を抱えきれないと感じた。

 

そしてもはや部屋は無関係だが、今日一番感じたのは、人は表面的なことでは判断できないということだった。

 

最初に問い合わせた時、不動産会社Aは対応が丁寧で印象がとても良く、そちらをメインに利用しようと事前に決めていた。しかし実際に店に行ってみると、そこは非常に不思議な雰囲気に満ちていた。暗いわけではないし、社員同士も仲が良いと伝わってくる。一方で、誰一人として目の前のお客に真摯に向き合っていない、とでもいうのだろうか。

 

というのも、私が行った時に担当社員の方は4名おり、カウンターにも私を含めお客が4名それぞれ座った状態。しかし、どの担当者もお客に何の一言もなくすぐにどこかへ行ってしまうし、目線が泳いでおり、自分以外のカウンターと出入り口ばかり気にしている印象なのだ。たとえば、担当者それぞれが目の前のお客さんへ物件を説明中にも関わらず、店に新しい人が入ってくるとなぜか4名全員でそちらに行ってしまうし、客と担当者が話しているのに、別の担当者が「これなんだけどさ…」などとまるで友達感覚で割って入ってきて、客が待たされていたりする。

 

こんなに目の前のお客さんに誰も集中していない不動産会社が、未だかつてあっただろうかと心の中で静かに問いかけた。向かいのカウンターに腰掛けている20歳ぐらいの女の子も、私調べによると20分は放置されており、たまに気まぐれで担当者が戻ってきては「わかったぁ! 〇〇駅だとどぉ?」などと話しかけられている。

 

こんなにも成り立っていない世界が、未だかつてあっただろうかと自問自答した時、「私のお部屋探しのパートナーはここではない」という結論に至り、内見希望だった物件も既に埋まっていたので店を去ることにした。担当者は「え? まだ終わってないのに…」と言いたげに目を丸くしていたが、逆にまだ終わってないんかい、と心の中で呟いた。見送りの際は全集中されている感じがして、大変丁寧だった。

 

駅前のカフェに入り、次の不動産会社に行くまでの時間を潰す。気分は完全に降下していた。一番気に入っていた物件が埋まってしまったうえ、次に行く不動産会社は元々印象が良くなかったからだ。

 

Aと同じタイミングで予約を取っていた不動産会社Bは、予約の最終確認で電話を掛けてきた女性が久しぶりに震え上がるほどぶっきらぼうで、電話を切った後「行くのやめようかな…」と考えたほどだった。

 

しかし内見をお願いした手前、キャンセルも気が重かったので結局行くことにした。恐るおそる店に入ると、予想外に人の良さそうな方ばかり。そして、皆見事に優しかった。こちらお掛けくださいませ、なかなか日程合わず申し訳ないですなどと声を掛けながら、椅子を引いてくれる。

 

このような温和な方が多い中、なぜ私は厳しい女性に当たったのだろうかと考えていたら、「席、隣に移動いただけますか?」と自己紹介もなくぶっきらぼうな女性が登場した。私様の座っているカウンターに移れということね、と少し震えた。しかし、しばらくは変わらずつっけんどんな空気だったのが、会話を続けていく中でそれだけでもないと時折感じるようになった。

 

彼女は、大きなマスクで顔の大半を覆っているうえ、こちらの目を見なかった。見たとしても、すぐ逸らされてしまう。けれど私の希望は細かくきちんと聞いていて、言い方は直接的ではありながら、アドバイスもしてくれる。そして、ほぼ無言のまま一時間ひたすら良さそうな物件を探し、問い合わせや資料を出し続けてくれた。私が元々候補に入れていなかった地域にも良さそうな物件が色々あることが分かり、収穫もあった。

 

彼女のこの目を見ない感じは、私にも見覚え(やり覚え?)がある。そう、彼女はきっと、人見知りなのだ。でも多分、目の前の人への気持ちはちゃんとある。

 

時間が立つと自分から色々話してくれるようになり、内見の時は笑って会話するまでになっていた(その内見というのが、冒頭に書いた夕暮れの部屋ではあるのだが…)。これが世に言うツンデレというものなら、全然悪くない。最近は物事を頭ではなく、自分の直感や第一印象で選んでいきたいと考えていた所だったが、ツンデレさんが世に存在する以上、第一印象というのは当てにならないのかもしれない。

 

これから良い物件が見つかったら、彼女に相談してみようと思った。




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