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永遠の翼

石原慎太郎と痴児が「津波は天罰」と発言して批判され、この人には珍しく撤回・陳謝したのは記憶に新しいところです。しかし、さいたまスーパーアリーナに集団避難している福島県双葉町長は、「怒り心頭」と発言しています。当たり前のことです。そんなことで許されるような発言ではありません。


ですが、先ごろ四選出馬を表明してますます意気軒昂な石原閣下は、こんな”釈明”をしています。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110326-OYT1T00223.htm

国民全体の罪だ…石原知事「天罰」発言

 東京都の石原慎太郎知事は25日、福島市福島県自治会館に佐藤雄平知事を訪ね、「東京はできるだけのことをやるから、おっしゃってください」と最大限の支援を約束した。

 会談後、石原知事は「東京で使う電力はほとんど福島からもらっていた。東京の生活は福島のおかげだ」と福島県に敬意を表した。その上で、「水力、火力では限界もある。原発を欠いては日本経済は成り立たない」と強調し、「依然として原発推進論者だ」と持論を展開した。

 一方、農作物の風評被害については、「もうちょっと落ち着くべきだ。放射能の被害のない農産物(に関する情報)を政府は伝えろと要請するつもりだ」と述べ、パニックを避ける努力をすべきだとの認識を示した。

 また、東日本巨大地震に関連し、「天罰」と発言したことについては、「片言隻句をとらえて批判するのは報道として卑劣だ」としながらも、「福島県民に罪はない。国民全体の罪だ」と釈明した。

”失言”で責められた政治家の釈明テンプレから、1マイクロシーベルトたりとも外れることのない対応ですね。


この発言については、日蓮宗立正安国論がその背景にある、という考察があります。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2011/03/post-e1d4.html
極東ブログ」の人はこれでと痴児を擁護したつもりなのかもしれませんが、説得力ないですね。「天罰」発言が批判されたのは、マスコミの切り取りによって「被災者ざまあ」という意味に取られたからではありません。「日本人全体の罪だ」と言いたかったのは誰にでもわかります。問題なのは、誰のせいでもない自然現象を、偏狭な道徳の押し付けに利用しようとする、その心性の卑しさなんです!


災害や疫病、戦争などを信仰不足や不行状への罰ととらえる考え方は、仏教では日蓮宗系の宗派で特に強く出ており、またキリスト教イスラム教にもみられます。

旧約聖書『創世記』にあるソドムとゴモラは、その性道徳の乱れが神の怒りを買い、火によって滅ぼされます。慎の字によるこれまでの問題発言とつき合わせて考えると、これもしっくり来ますね。


と痴児閣下は「天罰」という言い方をしていますが、「神罰」とか「仏罰」だと宗教色が強くなりすぎるのでこう表現したのでしょう。でも「天」というのも東洋思想でいうところの世界の真理であり、罰を与える主体を唯一絶対の正義とする、独善的なニュアンスがどうしても感じられます。


そこで、考え方を変えてみましょう。


日本には、古くから御霊信仰というものがあります。失脚や敗戦で非業の死を遂げた人物の魂が怨霊となり、疫病や天変地異など災いをもたらすのを妨げるため神として祀り、祈りを捧げることで鎮めるというもの。平将門崇徳上皇菅原道真がその代表ですね。

非業の死を遂げた人物を祀る、日本最大の宗教施設といえば何でしょう。言うまでもなく靖国神社です。

ここはひとつ「ダメ映画の題材にしたりして靖国の英霊を冒涜したから、大災害が起こったのではないか」とでも言えばいいんじゃないでしょうか。これなら、誰が見てもボケ老人の世迷い言以外の何物でもありませんから、もう話題にも上らなくてすむんじゃないかな! かな!




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