第八話までのあらすじ
比叡山の女人堂で奉公する澪は、山を「死を待つ墓場」と断じる謎の少年・海と出会い、その不遜な言葉に信仰を激しく揺さぶられる。 一方、織田信長による比叡山包囲網が着々と狭まる中、海と比叡の僧・詮舜は、光秀の影で独自の「生き残るための策」を講じていた。 平穏な山の日常の裏側で、古き権威の崩壊と戦火の予感が静かに、しかし確実に比叡の森を侵食し始めていく。
第九話 聖俗混淆(せいぞくこんこう)
(仏が本当にいるなら、そこら中で起こっている戦を止めてみせろ)
少年の言葉が、棘のように心に刺さったまま日々を過ごしていた。
澪(みお)は再び、女人堂の近くで実賢(じつけん)に出会った。実賢は、道端の平らな石に腰を下ろし、赤く染まり始めたモミジを眺めていた。
「実賢さま。……少し、お話を聞かせていただけませんか」
澪の問いに、老僧は「おお、澪ちゃんか! ちょうど寂しかったところじゃ。どうだ、ワシの膝の上に座りたいか? ほれ、その柔らかなお尻をぽんっとな」
冗談めかして自分の膝を叩く老僧だったが、澪の表情はいつになく硬い。瞳の奥に宿る迷いと、今にも零れそうな涙、そしてただならぬ切迫感。実賢はその一瞬で、彼女が「何か」に心根を深く射抜かれたことを悟った。
「……ふむ。」
実賢はスッと表情を消すと、杖で隣の石を指した。
澪は促されるまま隣に座り、山中で出会った少年「海」に投げつけられた言葉を語った。この山は死を待つだけの墓場であり、動かぬ水は腐り、淀んでいるのだという残酷な指摘を。
「……実賢さま。このお山は、本当に仏様の世界なのでしょうか。ある人に言われたのです。ここは死ぬのを待っている巨大な墓場だ、と。不当な銭を貪り、同じ場所で同じ経を読み、ただ腐っていくのを待つだけの泥舟なのだと……」
澪はそこまで一気に吐き出すと、膝の上で握りしめた拳を震わせた。
「わたしは、女人堂で日々を送り、天台の教えと法灯の尊さを信じてこれまでやってきました。あの火を守り続けることこそが、この世の闇を払う唯一の道だと……。けれど、その人の瞳には、私たちが積み重ねてきた時間がただの『澱(よど)み』にしか映っていないようでした。もし、彼が言うようにこの山がただの墓場なのだとしたら、私の信じてきた祈りは、いったい何だったのでしょうか……」
視線を落とした彼女の頬に、一筋の涙が伝い、秋の乾いた地面に染みを作る。自分自身を支えていた柱が、少年のたった一言で音を立てて崩れ去ろうとしていた。信じているからこそ、否定された時の痛みは鋭く、深い。
実賢は、目を閉じたまま黙って聞いていた。が、静かに話し出す。
「墓場…ねえ。誰に吹き込まれたのやら。随分と威勢のいい御仁に逢うたもんだ。確かにその言い様にも一理はある。しかしながら…」
彼はゆっくりと目を開けると、懐から手垢のついた数珠を取り出し、手慰みに回し始めた。
「まだまだ物事の一面しか見えておらぬな。ひょっひょっ…。澪ちゃんよ。あんたは毎日、井戸から水を汲むわな。その水はどこから来る?」
「……山の地中から、湧き出てくるものです」
「そうじゃな。空から降る雨は、最初はただの水じゃ。だが、山に落ちれば土を削り、泥や獣の汚れも飲み込んで、濁った泥水になる。とても飲めたもんじゃない。だが、その泥水が地の底へと潜り、幾層にも重なった岩の層を通り抜けていく……その『止まったような時間』の中で、水は余計な混じり物を岩に預け、己を削り、浄化されていくんじゃよ」
彼は井戸の方向を指し、続ける。しゃがれた声はゆっくりではあるものの徐々に声量を増していく。
「あんたが今朝汲んだ澄んだ水はな、かつての『泥水』が山という暗闇の中で、長い長い時間じっと耐えて純粋になった姿なんじゃ。千年の法灯も同じこと。そこに千年あるから尊いのであって、決して澱みではない。 祈りという名の砂を千年かけて通り抜け、濾過され続けてきたからこそ、火はあれほどまでに澄んでおるのよ」
「澱みだ、墓場だと騒ぐ者は、ただ『波の激しさ』に目を奪われておるだけじゃ。」
「ただ…」

澪は実賢の横顔を見つめ直す。実賢は紅葉を見上げながら静かに続ける。
「答えを急ぐ必要はない。あんたも今は、この山の岩間に身を浸し、ゆっくりと自分を漉していけばええ。泥があるからこそ清らかな水が、墓場の闇があるからこそ尊い火が際立つというもんじゃ」
実賢の目は、木立の向こうにある千年先を見つめているようだった。かつての高僧の面影がそこにはあった。
「人はいずれ死ぬ。だがな、あの火だけは別じゃ。あれは『理(ことわり)』そのもの。今夜も、明日も、そしてこれから千年も……たとえ山が鳴り、地が裂けても、あの火が消えることはない。それが比叡山の、いや、この国の光なんじゃよ」
(答えを、急がなくていい……)
澪は、すとんと胸のつかえが軽くなったような気がした。老僧の言葉は、琵琶湖の冷たい風とは違う、確かな熱を持って彼女を包み込んだ。
「ありがとうございます、実賢さま。私……」
深々と頭を下げた澪。その真摯な姿を、実賢はじっと見つめていた。……いや、見つめていたのは顔ではなかった。
「……ふむ。そうやって深く頭を下げると……」
「え?」
「おお、これはこれは。まさに『一隅を照らす』とはこのことじゃ。山の暗闇も、その豊かな実りの前には形無しじゃのう」
澪よりもさらに前かがみになっていた実賢の視線は、澪の胸元、その柔らかな谷間へと真っ直ぐに注がれていた。さっきまで浄化だの法灯の尊さだのを説いていた高僧の瞳は、いまや一滴の濁りもなく、ただひたすらに「女体」という現世の至宝を凝視している。
「……っ! 実賢さま!! 全然、浄化されてないじゃないですか!!」
澪は胸元を押さえ、飛び退いた。
「ひょっひょっひょ! 煩悩もまた、濾過すれば粋な楽しみになるもんじゃて。 さて、ワシは極楽の夢でも見に帰るとするかね」
実賢は(よっこらしょ)と立ち上がると、鼻歌まじりに杖を突き、霧の中へ消えていった。
澪は顔を赤らめながらも、去りゆく背中に再び深く頭を下げ、この聖域への敬意を新たにするのだった。
秋の比叡山に、冬の到来を告げる冷たい風が吹き抜けた。
続く
次回予告 第十話 黄金の水郷
黄金に染まる水郷の静寂。陽光を跳ね返す琵琶湖のさざなみの音だけが、迷い込んだ澪の心を優しく解きほぐす。 だが、水面を滑る小舟の安らぎを切り裂くように、比叡を飲み込む運命の足音が、すぐそこまで迫っていた。
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<解説>
表題「聖俗混淆(せいぞくこんこう)」は造語です。
せい‐ぞく【聖俗】
〘 名詞 〙
① 聖人と俗人。
② 宗教的なことと世俗的なこと。
こん‐こう‥カウ【混淆・渾淆・混交】
〘 名詞 〙
① さまざまの違うものがいりまじること。また、いりまぜること。
コトバンクより
実賢様を四字熟語で表現するために作りました。
さて
実賢様の「永代濾過(これも造語)」という美しい説法に、思わず背筋を正して感動してしまった方。あなたはとても、純粋……
ですが
残念ながら、澪(みお)と一緒に「実賢様論法」の術中にハマっています。騙されています。
今回の解説では、この「何も解決していないのに、なんとなく救われた気持ちにさせる」老僧の恐るべきコミュニケーション術を解剖します。
徹底解剖:実賢様論法(じつけんさま・ろんぽう)
実賢様の話をよく聞くと、実は客観的な結論は一つも出していないことがわかります。
・全肯定と復唱: 澪の抱える「腐敗」や「墓場」という海の主張を否定せず「一理ある」と認め、さらに澪が信じる「法灯の尊さ」も「大事だ」と認めます。相反する意見を両方受け入れて、澪のパニックを中和しているだけなのです。
・「意味深な例え話」という煙に巻く技: 雨水が岩を通って濾過されるという、非常に美しく、もっともらしい物語を提示します。しかしこれ、「だから腐敗は許される」という証明には全くなっておらず、単に「時間が経てば良くなるかもね」というイメージを植え付けているに過ぎません。
・「答えの保留」による救済: 若い澪が「白か黒か」で苦しんでいるのを見て、「グレーのままでいいんじゃよ」と結論を先送りにさせます。
・高僧という名の「最強のフィルター」:実賢様は、普段こそスケベな好々爺ですが、ここぞという時に「かつての高僧の面影」をチラつかせます。 「このお方は実は凄い人なんだ」という権威のバイアス。これがかかると、人間は相手の言葉を無条件に「深い」と錯覚してしまいます。 例えば、同じ話をそこら辺の酔っ払いがしても「何言ってんだこいつ」で終わりますが、比叡山に長く棲む老僧に「これは濾過の過程なんじゃ」と言われると、たとえ中身がスカスカでも、聞いた側は勝手に「これは宇宙の真理だ」と脳内補完してしまうのです。
・「エロ」という究極の強制終了: 真面目な話の最後に煩悩全開のセクハラ(?)をブッ込むことで、さっきまでの高尚な空気感をぶち壊します。 これは単なるスケベ心だけではなく、「思考のループを断ち切る」という高度なテクニックでもあります。 深刻な葛藤に沈んでいた澪の意識を、「怒り」や「呆れ」という現世的で瞬発的な感情へ無理やりスライドさせる。これにより、彼女は「答えの出ない悩み」から強制的にログアウトさせられ、日常へと引き戻されたのです。
真実は人の数だけ、事実は一つだけ
「真実は、いつもひとつ!」なんて名台詞もありますが、現実はもっと複雑です。事実は一つでも、それをどう解釈するかという「真実」(正義ともいう)は、人の数だけ存在します。 海には海の真実(墓場)があり、澪には澪の真実(法灯)がある。実賢様はそれを分かっているからこそ、あえて答えを出さず、相反する真実をそのまま共存させたのです。
【結論】実賢様論法がもたらした「救い」
結局のところ、実賢様は「何一つ論理的な解決」は示していません。しかし、この論法によって澪の張り詰めた心はふっと緩み、彼女は落ち着きを取り戻しました。
白黒つけることを一旦やめ「答えを出さないという時間」を自分に許すこと。 それによって澪は、これからやってくる過酷な運命の中で、自分なりの「真実」を見つめる余裕を得たのです。
論理で叩き伏せるのではなく、ただ隣に座って物語を語り、最後は笑い(あるいは呆れ)で締める。 「精神的な救い」とは、案外こうした老獪な優しさの中にこそ宿るもの。 もともと「宗教」というものの本質も、こうした割り切れない現実を、割り切れないまま抱えて生きていくための「方便(ほうべん)」なのかもしれませんね。
逆に
「実賢様、何も言ってないじゃん!」と気づいたあなた、私と同じく
ひねくれ者です。
あるいは実賢様並みの「老獪(ろうかい)」な視点をお持ちです。
「答えを出さないこと」こそが、狂乱の時代を生き抜くための、残酷で優しい知恵なのかもしれません。
あなたはどちらでしたか?
コメント欄 ブコメで感想をお待ちしています。
実賢様にはもう一度、重要な見せ場があります。エロ爺の活躍にご期待ください。
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