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船体とマストまで完成しましたので
帆を上げるために、まずはヤード(横梁)を作ります

これに帆を貼り付けて

マストに通すだけなのですが
まぁそれだけじゃ面白くないので

マスト先にちょいと細工をしてみました
細綿棒の軸を短く切ってマストトップに嵌め込んだだけです
これが滑車の役目を果たすわけですね
はい主帆(ティッシュペーパー)の上げ下ろしを再現してみました

で、改めて主帆を付け替えまして
完成!!

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な・の・で・す・が
以前にもお話しましたように
帆船は、真後ろから風を受けることは実は非効率なのです
なので実際の運用は


このようにヤードをずらして非対称にしていたのではないか?と推測しています
これに近い装帆にジャンク (船) というのがありまして
中華の歴代王朝で古くから使われていたセイル形式で
いわずもがな、日本にも多大な影響を与えたものと思われます
このように斜め後ろから風を受ける
また横からの風にも対応できますし
なんなら少しだけ向かい風に対し切り上がることも可能です
さらに近代的な装帆に改造してみましょう


マストを支えるためのステイ(静索)を前方、左右に3本張りました
マストの後方はいわゆるガフセイル
そして前方にはをジブセイル取り付けてみました
まぁほぼ現代の、いわゆるヨットですな






「そんな装帆、中世日本にあるわけねぇーダロ!!」
と、お思いの皆様
ごもっとも
でもね
これをご覧ください

近江八景のうちの一つ「堅田落雁(かたたのらくがん)」ですね
それのココ

これジブセイルじゃね??
もちろん帆船の専門家が描いたわけじゃありませんので、鵜呑みにはできませんが
このような帆の使い方も昔からあったのではないか?と勝手に想像しています
( ´-`).。oO( ガフセイルはさすがにまだ無い)
そもそもこの弁財船を作った動機が
この歴史小説に登場する「丸子船」の研究に資するだろう、という目的がありましたので
琵琶湖の浮世絵にこの装帆が描かれていることに、私は感動すら覚えています
今後もペパクラを介して、琵琶湖での古船の運用方法の研究を続けていきたいと思います
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最後に、付属していた船台に船を固定しまして

完成です
次は、歴史好きの私がまだ手を付けていなかった
更なる深みに嵌っていく危険性が極めて高い
歴史上のアレを作っていきます
刺さる人にはブッ刺さる!!
























