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世界陸連コー会長の「私の世界記録」という絶賛はお受けするも、「もう一度五輪を」の提案は資格不足により謹んで辞退しますの巻。

08:00
コー会長の提案は光栄ですが辞退します!

夢のような世界陸上が終わり、日常が戻ってきました。各競技への感想は連日述べてきましたので改めて言うほどのことはないのですが、この先の未来につながることを備忘までに記録しておきたいと思います。

東京2025世界陸上は大成功のうちに終わりました。それは間違いのないことと思います。夜のセッションにすべて参加した立場からして、その大半において国立が満員になったことは事実その通りですし、国立を埋めた熱狂は自分史上でも最高クラスのものでした。2002年サッカーワールドカップを凌駕し、2019年ラグビーワールドカップを上回るほどのものでした。

大会期間を通じての観客動員数は61万9288人と発表されており、これは過去の大会と比較しても第4位に相当するものとのこと。過去第1位となる76万人超の観衆を集めたとされる2017年ロンドン大会には及びませんが、ロンドン大会は東京大会より1日長い10日間の開催であり、ウサイン・ボルトさんの引退試合という特殊な背景もありました。東京大会の観衆が概算で午前のセッション5日間×3万人、夜のセッション9日間×5万人というところですので、あと1日開催日程があれば70万人の大台に乗せることもできたでしょう。ロンドン大会に迫るほどの「過去最大級」の盛り上がりであったことは間違いないと思います。

↓観客動員数は61万9288人を数えました!
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↓世界陸連セバスチャン・コー会長も「私にとっての世界記録」と絶賛!



この大会を日本に運んできてくれた世界陸連のセバスチャン・コー会長には、あの東京五輪のあとすぐに「東京にお返しがしたい」「人々が見られなかったものをお目にかけたい」と発言してもらったことに始まり、実際にこうして大会を実現してくれたことに対して感謝しかありません。たくさんの勇気と元気と希望を、一番傷ついたときに届けてもらったこと、何度も何度も感謝しながらこの思い出を大事にしていこうと思います。

ただ、

しかし、

あまり買いかぶらないでいただければと思います。

コー会長の目には「日本と、日本の国民がスポーツに対する熱狂を生み出そうとする雰囲気があった。だから、日本は大丈夫なんだと感じた。今、世界はスポーツを、さまざまな場面で違うかたちに見ている。もしかしたら、もう一度五輪をやったらいいのではないか、とも思った」と見えているようですが、それは少し違っています。

この大会が大成功に至ったのは、国家規模のプロジェクトではない「1競技の世界大会」であったからであり、目立たず注目されないままここまできたからであり、9日間という短い会期で閉幕まで駆け抜けたからです。要するに「気づかれないように準備して、気づかれないうちにやり終えた、小規模なプロジェクト」だったからです。

もしもこの大会が国家規模のプロジェクトであったなら、党派性によって敵方のやることには何でもかんでも難癖をつけ反対をする連中に何年間も擦られつづけ、あることないこと誹りを受けながら、大会が始まる前にスタートラインをマイナス方向に遠く遠く押し下げられていたはずです。東京五輪は2013年の招致決定以来そうやってマイナス方向に押し下げられつづけていましたし、2025年の大阪万博も同じように誹られつづけてきました。

その「誹り」は、この東京2025世界陸上をスポンサードしたTBSや朝日新聞からも積極的に発信されており、むしろ彼らは急先鋒でした。彼らは株取引の機関投資家が「売り」と「買い」の両方で儲けようとするように、「上げ」と「下げ」の両方で話題を売りさばく情報屋です。もちろんプラスになる活動もしますし、その報道を頼りにしている側面もありますが、総じて彼らは「国家規模のプロジェクトは誹る」のです。懸念、問題提起、不安、疑惑などなど不確定の未来に対して最大限にマイナスの可能性を提示することを生業とするのです。2021年のあの年も、自分たちは全国規模の高校生の野球大会を開催しておきながら、同じ年の東京五輪には「中止せよ」と社説を書くような手合いです。利用はしてもいいが、信用してはいけないのです。

ただ、そのクチを封じようというわけではありません。嘘や誹謗中傷は論外としても、実際に物事にはよくない面もあるでしょうし(※不正とか贈収賄とか)、それを指摘する者を排除すれば社会は淀むでしょう。本当の問題は「誹りを誹りとして突っぱねられない」ことのほうです。リスクを恐れ、絶対の安全を求め、支出を嫌い、損を許さない、ケチでビビリな日本の国民性のほうです。「うるせー黙れ、やると言ったらやるんだ!」とはならない、何でも受け身で「リスクがないなら」「絶対安全なら」「損しないなら」と条件付き賛成でいつづけるゼロリスク体質のほうです。

条件付き賛成派は、すべてが整い、原初の熱狂が生まれ、クチコミが広がり、「あぁこれは本当にノーリスクで楽しそうだ」と判明してから動き出すので、実際にことが始まってみれば日本には情熱があるかのように見えますが、準備段階での長い「誹り」の期間において彼らは味方にはなりません。誹りを誹りとして突っぱねるための後押しにはなりません。だから、大した誹りが生まれない程度のことしかできません。「1競技の世界大会」はその精一杯のラインであり、それ以上の規模を担う資格は日本にはないと僕は思います。東京五輪・パラリンピックのたどった道を見て、残念ながら僕はそう確信しましたし、もう一度日本が五輪・パラリンピックを担おうとするのは五輪・パラリンピックに失礼ですし、世界のアスリートのためにもならないと思います。

↓大阪万博は誹りに堪えてよく頑張りましたね!お疲れ様です!


東京2025世界陸上の会場となった国立競技場も、それなりに立派でキレイでいいスタジアムではありますが、驚くようなところは特にないでしょう。あれは東京のド真ん中のあの立地に立てるナショナル・スタジアムではありません。あの建物が景観を損なう云々という誹りに対しては、「この建物こそを日本の新しいシンボルとなる景観にするんだ」と突っぱねるべきでしたし、「費用が高過ぎる」という誹りに対しては「この立地に立てるナショナル・スタジアムは費用は二の次で先進的で革新的なものであるべきだ」と突っぱねるべきでした。僕自身もそうした発信を微力ながらしてきたつもりですが、ほとんどにおいて相手にされず、むしろ罵倒されました。

あの特別な場所にあるスタジアムであれば、世界陸上でなくとも5万人くらい集めるのは難しくないのです。特段優勝争いなどが絡んでいるわけではないJリーグの試合でも、あの会場で実施すれば5万人が詰め掛けるのですから(※タダ券をバラまいたという背景はあるにせよ、たとえ全部タダ券だとしても5万人来場させるのは簡単なことではない)。当初計画通りに開閉式の屋根をつけて、可動席をつけて、座席空調をつけて、超大型ビジョンをつけて、屋外スポーツ以外でも活用しやすいものにしておけば、スポーツだけでなくさまざまなエンターテインメントがあの立地を活用できたでしょうが、そういう未来よりも「目先の費用を圧縮する」ことが優先された結果、第二味の素スタジアムのようなものができあがったのです。悪くはないが、どこまでいっても「普通」のスタジアムが。自分たちの国立競技場ですので、好きですし、愛着もありますが、世界の名だたるスタジアムを見ると羨ましくなる、そんなほろ苦い場所です。

そうなってしまうのは結局「生きる」こと「楽しむ」こと「生み出す」こと「挑戦する」ことに対して、そんなに価値を置いていないからなのだろうと思います。どうせ全員いつか必ず死ぬのに、死ぬことを恐れて、死ぬまで安全に食いつなぐことばかり考えているのでしょうか。今を生きること、楽しむこと、何かを生み出すこと、挑戦することに国も国民もそんなに関心がなく、「危ないかもしれないパーティーなどいらない」「損するかもしれないパーティーなどいらない」「だからパーティー会場に金など掛けるな」というのが総じての本心なのだろうと思います。まぁ、そういう考えを否定はしません。否定はしませんが、であれば五輪・パラリンピックをお任せいただく幹事には不適格だなと思うだけで。

↓今さらですけど国立はモニターが小さくて出せる情報が足りなかったですね!
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複数競技を同時に実施する陸上だとスペースが足りない!

まぁ各自スマホで見ればいいんですが!



大成功のなかやり終えた東京2025世界陸上も、端々にそういった国民性というか精神性は垣間見えていました。競技場外の広場で実施したメダルセレモニーの件などは象徴的です。開かれた大会を意図して、チケット不要&無料での観覧とし、アスリートと交流できるファンゾーンなども設けた意気込みはよかったものの、設置されたスペースは非常に手狭で、メダルプラザ内への入場は1000人ほどで規制されました。大会の熱気の高まりとともに来場者は日に日に増え、同時に警備体制も日に日に厳戒化されていき、終盤は実質的に「早く来た人限定」の制限付きセレモニーになりました。

メダルプラザの外周部を歩けば「ここは通路なので立ち止まらないように」と命令され、セレモニーを見ようとする観衆たちは「悪」認定され追い立てられました。柵で囲まれたプラザ内にはまだ余裕があるように見えましたが、安全側に舵を切って規制をかけた結果、明らかに外国からの観衆と思しき人たちが、母国の選手のセレモニーを見ようとしているのに柵の外に留め置かれ、祝福することを許されなくなりました。彼らにはどんな情報が発信され、どんな案内がされていたのかはなはだ疑問です。日本の観衆を追い出してでも母国の応援団を入れてあげないと、メダルセレモニーとは何のことやらと思います。

最終日の決勝種目の表彰を行なう9月21日の2度目のメダルセレモニーが「チケット+整理券」を持つ先着700名への限られた開放となったことなどは、もはや「開かれた大会」ですらなくなる事態でした。その整理券をもらえば、9月21日の1度目のメダルセレモニー(※主に前日決勝のメダリストを表彰する)は見られず(※整理券は競技場内での配布/再入場不可)、逆に2度目のメダルセレモニーを見ようとすれば円盤投げの競技は見られなかったという(※これは結果的にそうなったという話ではあるけれど/競技映像の上映はあった模様)、どっちにしても何かが閉ざされる奇妙な運営となっていました。

であれば、競技場内でやればいいじゃないですか。スタジアムに表彰台を持ってきて、そこでメダルを授与すればよかったじゃないですか。ちゃんと国旗を掲揚し、メダリスト自身からも国旗が見えるようにして。「700人で規制されるメダルプラザ」と「5万人が見守るスタジアム」と、どちらがより誉れを感じられたでしょう。外国からの応援団はチケットを持たずに来ているわけないですし。外国で開催される大会で同じ立場になったら、どれだけ運営に対して不満を抱くか、考えるまでもありません。「なぜ日の丸をまとった自分が、日本の代表を祝福できないんだ」という不満を抱かずに、「安全のためなら仕方ない」と思える自信が僕にはありません。運営側から「安全のためだ」と言われたらすごすごと引き下がるでしょうが、腹のなかに大きな不満は残ると思います。

大会序盤から中盤にかけてメダルプラザが比較的和やかだったのは、まだ人が少なく、そもそもそんなことをやっていることも知られておらず、熱狂がほどほどだったからに過ぎません。パリ五輪やブダペスト世界陸上での開かれて誉れある光景を形だけ真似しようとしても、本心のところで思っていることが「開かれた大会」ではなく「費用をかけずに」「リスク回避」なので、「この程度でええやろ」くらいのスペースしか用意せず、そこから人があふれるほどになったら「立ち止まらないでください!」「セレモニーを見ることはできません!」と扉を閉ざすのです。導線を変えてスペースを広げるとか、場所自体を変えるとかではなく。

↓約1万3000人が無料で入場できたパリ五輪のビクトリーパーク!


↓広大な広場で行なうブダペスト世界陸上の開かれたメダルセレモニー!



↓1000人程度で入場規制される柵で囲われたスペースで行ない、観衆が近づかないように警備が入る東京2025世界陸上のメダルセレモニー!
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なので、今回ぐらいの小規模な熱狂というのをコツコツと重ね、地道に少しずつ「民意」というものの変化を待つしかないのかなと思います。50年くらいかけて世代ごと入れ替われば、また多少は反応も変わるでしょう。目安としては、次に国立競技場を建て替えるときにどんな話になるか、かなと思います。作った時点で80点くらいのほどほどのものを目指すのではなく、大衆に理解されず「意味不明」などと言われるほどの革新性を持ち、その仕様の実現に必要であるなら相場を上回る巨費を投じることも厭わず、世界に誇るに足るものを建てるところまで漕ぎつけられたら、もう一度五輪・パラリンピックをお迎えする準備ができたと思えるかもしれません。「2020年のがまだ使えるだろ…」「ちょっと修理すればいける」「で、いくら儲かるの?」という話であるようなら、まだまだ時期尚早としてもっと情熱のある開催地に担っていただくのがよいのではないでしょうか。次の建て替えの頃には僕はもう死んでいると思いますが、五輪・パラリンピックを一度も開催しない国だってたくさんあるわけで、ナイものはナイと諦めるしかありませんからね。

コー会長の提案はお気持ちだけありがたく受け取っておきます。

僕はどの「1競技の世界大会」でも盛り上がれるタイプなので、そういった案件があれば引きつづき参加して楽しんでいきたいと思います!



日本のアスリートも各競技ごとに超歓声を体験してもらえればと思います!

東京2020記念イベント「Thank you Tokyo! Festival and Ceremony」に参加し、観衆として「五輪」を感じる慰めを得た件。

08:00
「五輪」を感じてきました!

本日はお出掛けの記録です。16日、国立競技場にて行なわれた、東京五輪・パラリンピック1年後の節目を記念して開催された「Thank you Tokyo! Festival and Ceremony」のセレモニーに行ってまいりました。何か、ツキイチペースで「1周年を記念して…」というイベントに参加している気がしますが、お祝いは何度やってもいいものです。気にしない、気にしない。

↓やってまいりましたしょっちゅう来ている国立競技場!
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相変わらず僕が楽しく国立イベントに参加すると、会場の外では元気なデモのみなさんが集って拡声器で何やら叫んでいます。この日は午前中に、「東京レガシーハーフマラソン2022」が国立周辺で行なわれていましたが、そちらともいろいろ交錯していたりしたのでしょうか。まぁ、これもある意味では同窓会のような話ではあります。

この日は僕が参加するセレモニー以外にも会場周辺でフェスティバルが行なわれており、競技体験などができたとのこと。僕もチラリと体験ブースなどを横目に会場入りを目指します。通例だとたくさんのブースが出て、モノの配布などもあるところですが、あまりそういった動きは見受けられません。ちょっと寂しい感じ。

その思いは会場に入ってさらに加速します。「さーて、今日はどんなウチワをいただけますかね……」と入場するも、チラシも、配布物も、特になし。一応イベント中に使ってねというハリセン(になる厚紙)は配られていましたが、拍子抜けするような感じです。最後のロウソクを吹き消すときのような、そろそろこのパーティーが終わってしまうかのような、そんな気配を感じながらの参加となりました。

そして始まったセレモニー。冒頭の黙祷を経て、まずはIOCバッハ会長のビデオメッセージの上映から。バッハ会長も「何回もお礼のビデオを要求してくる連中だな…」と若干辟易しているのかもしれませんが、ツキイチペースでのアリガトウトウキョウのメッセージをいただきました。小池都知事からのごあいさつを聞き流すと、お楽しみプログラムが始まります。

東京五輪閉会式にも登場した和太鼓奏者の佐藤健作さんによるほら貝と和太鼓でプログラムの始まりを高らかに宣言すると、この日のために集ってくれた世界のアスリートたちが入場。この日エキシビションマッチをすることになっている7人制ラグビーの代表選手が和太鼓をバックにアップをつづける様子は、なかなかに雰囲気のあるものでした。応援団の太鼓も単なるリズムではなく、「演奏」の境地に至ると試合の緊迫感や盛り上がりを表現するBGMになったりするのかなと気づかされるようで、いっそ試合中もドンドコやっていただきたかったところ。





一旦入場してきた世界のアスリートは一回裏に引っ込み、このあとのプログラムで順番に登場してくる模様。まずは7人制ラグビーの日本代表とフィジー代表が試合を行ないます。フィジーは東京五輪で男子が金、女子が銅を獲得した強豪チーム。日本代表も胸を借りるつもりでぶつかっていきます。すると、女子の試合では日本代表が次々にトライを決めて快勝。男子はさすがにチカラの差は歴然という感じでしたが、試合終盤に意地の2トライを見せて日本代表が面目を保ちます。ナイスゲームでした。

試合後にはボールをプレゼントしてくれるとかで、フィジーの選手たちがスタンド目掛けてボールを投げ入れたり蹴り込んだりしてくれます。ときどき子どもを狙って渡してくれたり、とてもフレンドリーな感じ。退場する前のごあいさつでもフィジー代表と日本代表が交互に並んで、手をつないでお辞儀するなどとても温かい気持ちにさせられました。

次のプログラムまでの幕間の時間は、みんな大好きミライトワとソメイティが大活躍。ステージでふたりが「パプリカ」を踊り、会場全体を盛り上げてくれます。いやー、ミラソメと一緒に国立でダンスをする日が来ようとは…。いろいろと難しい部分もあるかもしれませんが、これからも東京で何かのスポーツをやるときには、ミラソメがみんなのマスコットとしてそこにいてほしい。そんなことを思います。

↓ミラソメが国立の主役になった瞬間!


会場の準備が整ったところで再びアスリートによるプログラムへ。オーストリアの体操選手エリザ・ヘメルレさんによる屋外での平均台デモンストレーション。東京五輪女子400メートルハードル金のシドニー・マクラフリンさんをスターターに起用して行なう、アスリート参加の障害物競争。東京五輪男子やり投げの金のニーラジ・チョプラさんと、日本の北口榛花さんによる「40メートル先の地面に置いた的にやりを当てる対決」と、一風変わった競技が実施されていきます。

内心では若干「?」な部分もありました。世界のアスリートに障害物競争をさせる無駄遣い感であるとか、一方で世界一ハードルを越えるのが上手い選手はスターターをやっているチグハグ感とか、「走り高跳びの選手をつかまえて、その跳躍力を活かしてコースに置いた幕を飛び越えてください!」という強引かつあまり意味のない設定であるとか、謎めいた部分の多いプログラムたち。

プログラムに出場予定であった戸邉直人さんと橋岡優輝さんが怪我で出場できなくなったため、急遽東京五輪には出場していないジェレミー・ドッドソンさんが出てくるというドタバタしたところもあり、表で元気にグールグルしているデモのみなさんに見られたら「何だこの無駄遣い、国葬どころじゃないぞ!」とか言われそうな気もしないではありませんでした。

ただ、思いましたよね。

あぁ、今日は観衆たちへのせめてもの慰めの日なんだと。

この1周年という機会・理由を活かして開催されたいくつかのイベントたち。開会式をやり直すように選手たちに拍手を送ったり、閉会式をやり直すようにボランティアの人たちを労ったり、パラリンピックの熱狂を思い出すように車いすバスケの試合を応援したりはしてきましたが、いわゆるオリンピックど真ん中みたいなことはしてこなかったなと思います。その点、この日は国立に観衆が集い、若干無理目な感じがありつつも「陸上」と「体操」と「球技」という五輪の骨格みたいなものを見ることができたのです(※水がないので水泳は断念説)。

甲子園での試合がなくなった球児たちに「土」を贈るみたいな、ただの慰めでしかないものかもしれませんが、「あぁ、今日はスタンドに集った人々のために五輪をやってくれているんだ」と思ったら何だか無性に泣けてきました。観衆を得られなかったアスリートはもちろん不憫ですし、慰めたいと思ってきましたが、観衆である自分が慰められる機会はそう言えばなかったなと。致し方ないものと諦めてはいますが、慰められると少しウルッとするくらいには無念を抱えているんだなと、今さらのように思います。

この日の午前に行なわれた東京レガシーハーフマラソンも「東京マラソンがあるんだから別にいいじゃない」なんて話ではなく、本来であればクジ運のない人やチケット代を捻出するのが難しい人も含めて、この街の誰でもが五輪という機会を体験できるはずだったマラソン種目が札幌での実施となってしまったことの、せめてもの慰めとしてひねり出されたもの(※表向きはそうは言わないが)。無念は永久に拭えないでしょうが、涙を拭うくらいの慰めならできる。そんな一日だったのかなと思います。規模や内容は比べるべくもありませんが、魂は「五輪」だったんだと。だからセレモニーのあいさつはIOCバッハ会長だけだし、パラアスリートの参加もなかったのかなと(※レガシーハーフマラソンには普通に参加していたが)。

そう思ったら、アスリートによる障害物競走の最後に、「自分たちがアンカーだ」と割り込んできたミライトワとソメイティが、手をつないで同時にゴールしたことがとても感動的な場面に思えてきました。割り込んできた瞬間には「これ絶対手をつないで一緒にゴールするやつ〜!」「もはや競争ですらない」「とんでもない茶番が始まりました」と思いましたが、世界一感動的な茶番でした。たくさんの障害を乗り越えて、東京五輪・パラリンピックが平和なゴールを迎えられたことを、こうして示してくれているのですから。

↓どう見てもミライトワが先にゴールしているので、同時じゃないし、何なら失格だね…(涙)



セレモニーはパリ五輪で採用されるブレイキン(※ブレイクダンス)の選手たちによるパフォーマンスを披露して終了しました。ボランティア枠で参加のみなさんはフィールドに降りて、改めて労いを受けつつ、記念撮影をする姿なども。僕も普段はしないのですが、自撮りの記念撮影などしまして「五輪」の記録を残しました。もしかしたらこういう大きな機会はコレが最後なのかなとも思いながら、「五輪に来ました」の気持ちで写真を撮りました。

ここでお願いしてもしょうがないことですが、できることなら2周年・3周年でも何か理由をひねり出して、東京2020の思い出を噛み締める機会を作っていただきたいものだなと思います。墓参りだって死んだ人が生き返るわけでもないのに毎年するのは、生きている人の気持ちのため。東京五輪・パラリンピックの大会自体は終わっても、東京2020はこの胸にこれからもずっと生きつづけていくのです。そういう気持ちを抱える人が集える機会、末永く持てるといいなと思います。

それに、ときどきミライトワやソメイティに会って、スポーツを感じる日があるのは東京にとってもいいことだろうと思います。文化的で健康的です。毎年10月10日に東京レガシーハーフマラソンをやり、そこにミライトワとソメイティが現れてスポーツの日をお祝いする、とかでもいいかもしれません。スポーツの日をお祝いする行事としてのハーフマラソンであれば、東京マラソンとはまた違う意味合いで実施できるでしょうから。来年は、ハーフだとまだちょっと長いので、もうちょっと短い部門も用意していただけたらぜひ参加したいなと思います。走るというよりは集うために。集う目的なんで、僕は5キロ(※1時間以内に完走条件)の部とかで大丈夫です!

↓国立競技場スタートっていうのがいいですよね!


関門閉まる時間が普通に厳しいのでね…!

ウォーキングの部門の設立も希望します…!



参加されたみなさん、またいつか「五輪」を感じる機会に会いましょう!

東京パラリンピック1周年記念イベントは第1部のみの参加となるも、観衆としての初心に帰ることができ大満足のお出掛けとなった件。

08:00
パラリンピックから1年をお祝いしました!

本日は夏休みのお出掛けの記録です。行ってまいりました、東京パラリンピック1周年記念イベントへ。本当なら丸一日をかけてじっくりと楽しむ想定だったのですが、1部・2部制のイベントのうち第1部しかチケットを確保できず、無念の半日お出掛けとなりました。

どうやら2部のほうは「車いすバスケ男子」との再会を目論む人たちと、ゲスト参加する「新しい地図」に会いたい人たちと、ミラソメ推しの人たちとが互いに譲らぬチケット争奪戦を演じていた模様。僕もスマップ人脈などがあれば同行で入場できたのかもしれませんが、ちょっと押し負けたなという感触です。

しかし、その無念もまた嬉しからずや。チケットが熾烈な争奪戦となるほど、パラリンピック1周年の日に人々が集うのです。僕がなかに入れていればベストでしたが、閑散としているよりは遥かにベターです。あの日、頑張った人たちに、とりわけ日本を熱く盛り上げてくれた車いすバスケの選手たちに、有観客で盛り上がる有明アリーナを見せてあげられるのですから。それが何よりの1周年祝いだろうと思います。



イベントそのものは公式の配信などでご覧いただくとして、配信されていない部分などを記録していきたいと思います。僕は第1部のみ参加ということで、11時のイベント本編を見据えて現地に向かいます(※朝に自信ナシ)。開場は9時だと聞いていたので、まぁもうみんな場内で待機だろうと思っておりました。しかし、現地に到着すると、川の向こうに見える有明アリーナの周辺には大行列が。

「おぉ…これぞ夢の有観客パラリンピック…」と感動がこみ上げてきましたが、行列を尻目にしばし場外スペースの展示ブースなどを見ても、一向に列が進む気配がありません。僕がひとしきり展示ブースを見回って列に並んだのが11時の少し前。しかし、ギリギリになってもまだ列はつかえています。どうやら、「チケットのQRコード」とは別に「来場者登録のQRコード」を出すようにというオペレーションが、来場者に十分に周知されていなかった模様。入場ゲートまで来てから「QRコード2個いるんですか!?」からのその場登録が行なわれていたようです。

どこのお役所かは知りませんが、ちょっとこのオペレーションはわかりづらかったかなと思いました。僕も前日になってイベントスケジュールをチェックなどしていたときにようやく気付いた話でしたし、そもそもチケット買ってる時点で(無料だけど)ひととおりの情報は伝わっていそうなもの。今はまだコロナ禍ということもあるのだろうとは思いますが、来年以降の2周年、3周年ではサクッといきたいものです。

↓やってきました、有明アリーナ!
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↓場外でもさまざまなブースが出展。2025年世界陸上関連の告知も。
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↓風呂敷、銭湯無料券などをいただきました。
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↓入場列が長いことでテンションが上がる効能もある。
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すでに時間ギリギリだったこともあって、入場後の散策は後回しとして真っ直ぐ自席に向かいます。しかし、驚きましたよね。着かなくて。僕もこの会場に来るのは完成お披露目のとき以来で、リアルなイベントごとで来るのは今回が初めてでした。なので「有明アリーナで自席を探す」というのが初めての作業だったのですが、ここは結構迷うタイプの施設だなと。

通路の壁や天井に「ゲート15番はコチラ」などと表示が出ていて、駅の通路のようにそれを追っかけながら自席に向かうのですが、あるときふとした瞬間にその案内が消えるのです。「1番から15番はコチラ…」「1番から15番はコチラ…」「1番から15番はコチラ…」と追いかけていくと、ふとした瞬間に「1番から14番はコチラ…」と目指していたゲートの表示が消えてしまう。ちょっとビックリしました。

あとからよくよく見たら、それまでは「1番から15番はコチラ…16番から25番はコチラ…」と書いていたものが、目指すポイントまで来た段階で「1番から14番はコチラ…16番から25番はコチラ…/15番はココで曲がれ」という書き方に変わり、数字だけを追いかけていた人を戸惑わせるようになっていたのです。そして、その案内がまさにドンズバのところに設置されているので、看板を見ている視界には「目指す場所」が入って来ないような作りになっていました。

具体的に言うと、「15番は次の横道やで」という案内ではなく「15番は君の真横や」というタイミングでの案内となっており、タイミングが悪いカーナビみたいな状態に。この手の建物は結構いろいろさまよっているつもりですが、これだけ迷ったのはさいたまスーパーアリーナ以来かもしれません。あとで動画に入れておきますが、もっと迷わされる難問もあったので、今後訪問される方は十分にご留意いただければと思います。ギリギリの入場はお控えください!

↓ポスターはすごくキレイでした!
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しばしの迷子ののち、何とか着席。とうきょう総文2022合唱合同チームによる手話を交えた合唱の披露や、開幕のコールなどを経て、第1部のメインである車いすバスケ女子日本代表とスペイン代表との試合が始まりました。試合としてはスペイン代表の地力が上回っており、スピード、シュートの確率、守備の体制、ゲーム運びなど総合的に及ばなかったなというところ。まぁ、日本はこれから飛躍していこうというチームですので、「今は」致し方ないかなという感触です。

ただ、印象という面ではとても素晴らしかった。この1周年イベントが実現したことへの感謝、コロナ禍のなかでスペイン代表が来てくれたことへの感謝、有観客で行なわれることへの感謝、前向きで明るい気持ちが日本チーム全体からあふれ出ています。とりわけ印象的だったのがキャプテンの北田千尋さん。持ち点4.5(※障がいが軽いの意)ということで試合中にも見事なシュートを決めたり、攻守に動き回ったりして活躍が目立っていたのですが、一番心に残ったのはハーフタイムでの一幕でした。

ハーフタイムにはバスケ界隈恒例のショーがあり、そこではLittle Glee Monsterさんが「ECHO」を3人編成の新バージョンで披露したりしていました。選手たちはショーのあとでウォームアップに入り、ドリブルからのシュート練習などをしているような状況。それと並行するように場内DJはスタンドで観衆の声を拾っており、来場していた小学生くらいの女の子と会話をしていました。そこで場内DJは「選手たちに応援メッセージを贈ってみよう」「きっと手を挙げてくれると思うんだよね」と振ったわけです。

ちょっとドキッとしたんですね。複合的な要因なのですが、まずこの会場、音がかなり響きます。チューニングの問題かなとも思うのですが、反響がかなり強く、僕のいた上層階では天井の跳ね返りなのか音が二重で聴こえるくらいに反響しており、知っている歌の歌詞も聞き取れないほどでした。今後、運営側の慣れによって落ち着いてはいくでしょうが、まぁ有り体に言えば「全体的にアナウンスが何を言っているのかよくわからない」環境でした。そうした聞き取りづらさと、選手はもう練習に気持ちが入っているんじゃないのかという懸念とで、振ったはいいが結果が怖いぞと思ったわけです。

ところがところが、女の子が控え目な感じで「頑張ってください」と呼び掛けると、車いすをかっ飛ばしてその子のほうに走りながら、北田さんが両手をバンザイのように高く上げて「ハーーーーイ!!」とレスポンスしてくれたのです。それはプロ選手がするような「はい、ありがとうございます」という感じのものではなく、近所のお姉さんのような、元気な先生のような、友だちのような、「ありがとぉぉぉ!!がんばるよっ!!」という声でした。その声は会場の反響を活かして、3階席まで届いてきました。さすがのビッグボイスです。

そして、ほかの選手たちも今の今までリングにボールを投げていたのに、手を振り声を挙げて応援に応えているわけです。何が起きたわけではないただの掛け合いなのですが、そこまで目と心を配って、感謝や前向きな気持ちを返そうとしてくれているんだな、自分自身でもこの有観客の舞台を楽しんでくれているんだなと思うと、嬉しいなと思いました。「初心に帰る」じゃないですが、応援したりされたりすることの原点を見るような気持ちになりました。

それは1年前に、夢見ていた舞台が無観客となったからこそ、一層際立つ気持ちなのかなとも思います。当時はボランティアの方たちが代表して届けてくれていた応援が、ようやく今は観衆がそれを届けることができるようになった。その当たり前の素晴らしさ、当たり前であることのありがたみ、そういうものをしみじみと噛み締めるような機会になりました。

試合は進んで第4クォーター、すでに勝負の大勢は決していましたが、終盤にかけて日本代表は連続得点で追い上げ、一時は20点近くあった点差を11点差まで詰めてくる奮闘を見せました。貴重な機会を大切にして、最後までしっかり戦い抜く姿、それはカテゴリーによらず素晴らしいものだなと思いました。東京パラリンピックでは男子が華々し過ぎて女子にはそこまでスポットライトが当たりませんでしたが、まだまだ強くなるチームだなと思いました。誰かの支えをちゃんと自分のチカラに変えられる、そういう雰囲気のチームだなと思いました。

応募時点では「第2部を当てたい」がメインの気持ちではあったものの、いい試合を見られてこれもまたヨシだなと思いました。事情もあって男子のほうは国際試合ではなく紅白戦となっていましたし、Little Glee Monsterさんの生「ECHO」や生「世界はあなたに笑いかけている」を聴けたのは第1部だけのお得でしたし、アリだったなと。パラリンピックだけでなく、ラグビーワールドカップも甦ってきてイイじゃないと。うむ、いいものを見られたので、第2部は配信でヨシとしましょう…!

↓公式の配信はコチラ。


↓イベントの最後に記念撮影タイムが設けられたので記念に撮りました!
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スマホなので豆粒ですが、ミラソメもいますね!

ありがとう、お疲れ様、また来年会いましょう!



その後は、場内の展示ブースなどを巡って「何か配っているモノはあるかね?」の見回りを展開。パラ水泳・木村敬一さんのクリアファイルや、北海道・札幌五輪招致活動を告知するボールペンやうちわ、ミライトワ・ソメイティのステッカー、東京2020ネックストラップなどをいただきました。記念にもなり、収穫も多いお出掛けで大変満足しました。

この先も2周年、3周年と毎年「周年」がやって来ますが、できるだけ長く、こうした集いがつづいていくといいなと思います。1年に一度、新鮮な気持ちに戻り、どれぐらい前進してきたのかを確認するような機会があってもいいと思いますので。何なら会場巡りをしてもいいかなと思いました。来年はアクアティクスセンターと、有明体操競技場で開催。再来年は海の森水上競技場とカヌー・スラロームセンターで開催、とか。全部の会場に行ったことあるって人は、ほとんどいないと思いますし。

そんな楽しみを先に置いて、また1年を過ごしていきたいと思います。

元気であればそのときにまたご一緒しましょう!

↓今回は行けなかった人も、現地の雰囲気をお楽しみください!


お役所のイベントは安くてお得なので、オススメですよ!

来年もチケット争奪戦となりますように!

来年も何かがありますように!



このイベントを実現してくれた方々、参加してくれたみなさんに感謝です!

東京2020オリンピック・パラリンピック1周年記念イベント「TOKYO FORWARD」に参加し、あの夏の忘れ物を少しだけ取り戻した件。

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東京五輪から1周年を迎えました!

もう1年も経ってしまったのか、と驚くような気持ち。去る7月23日、東京五輪から1周年の記念の日を迎え、国立競技場では記念イベント「TOKYO FORWARD」が開催されました。特に何か、すごいことが起きると思っていたわけではありませんが、僕も国立競技場に向かいました。

↓やって来ました国立へ!近くてキレイで大好きです!
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現地には思いがけない人の数。しかも多くの人がボランティアの方に配布されたシャツを着ています。わざわざ着てくるくらいですから、1年前はボランティアとしてこの大会を迎えた人たちなのでしょう。何だかちょっとグッと胸に迫るものがあります。

当時は少なからず「猛烈な」反対意見もありました。表に出ることすら遠慮するような状況。ボランティアの服を着て大会運営に尽力している方たちを僕も見かけましたが、石でも投げられやせんかなと少し心配する気持ちもありました。石など投げられるいわれはないわけですが、そんな心配をしてしまうような状況であったとは思います。大変な思いをし、それでも貫いた想いがあった人達なのだ…同志のような気持ちで見守ります。

会場周辺には競技体験のブースやキッチンカー、各種関連イベントの告知をするブースなども出ています。ほかの予定と重なってしまったために参加できませんでしたが、ミライトワ・ソメイティとのグリーティングもあった模様。すごい内容…というほどではないものの、オリンピックシンボルのもと、国立にまたこうして集まることができたのは率直に嬉しい気持ちになります。ひとつひとつのブースに心で「ありがとう!」と声をかけて会場周辺を巡ります。

↓会場外から石でも遠投されやせんかと心配になる札幌五輪招致活動のブース。
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↓「暑さに打ち水で対抗する」というTOKYOスピリッツを受け継ぐブース。
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↓さまざまなボランティア活動を紹介するブースには「例の傘」も。
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完全にボランティアを象徴するアイテムになってるな!

だんだん見慣れてきましたよ!慣れるまで3年くらいかかったけど!


歩いているとたくさんの配布物をいただき、収穫はマシマシです。当時配った号外をもう1回配っていただいたり、スタンプラリーに参加するとトートバッグがもらえたり、銭湯にタダで入れる券をもらったり。さすがお役所の仕事、配るモノが多い。この勢いならもしかしてあり得るんじゃないかと「例の傘はもらえないですかね?」と探してまわったのですが、残念ながら傘はゲットできませんでした。

↓入場時にはトートバッグをいただきました!
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↓マスク、ピンバッジのほか、暑さに対抗するうちわも!
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↓うちわはたくさんもらえました!
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やっぱり夏はうちわですよね〜!


場内ではすでにたくさんの人が盛り上がっています。席の間を空けているのか、単に空いているのかはわかりませんでしたが、適度なディスタンスもあって快適です。ボランティア仲間でしょうか、グループで来ている人たちはすでに思い出話で盛り上がっています。うんうん、語ることがいっぱいあるでしょう。

僕自身は話す相手もいないわけですが、こうした思い出話に心で花を咲かせるために来たようなものです。あの日を振り返り、当時の思い出を噛み締め、報われなかった思いをここに持ち寄る。そうせずにはいられない人が集うイベントなのです。この日ぐらい、しんみりと恨み節を言ってもいいかなと思います。この会場のなかで、この人たちの間でなら。何で来れなかったんだろうね、と。

↓さぁ、1周年イベントの始まりです!
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場内には橋本聖子元組織委員会会長や、小池東京都知事、室伏スポーツ庁長官の姿も見えます。来賓としては森元組織委員会会長や丸川元五輪担当大臣も来ていた模様(※JOC山下会長は体調により欠席)。本来ならば安倍元総理もここにいて土管からドカーンとしてくれるところだったのでしょうが、ともに労う日を迎えることは叶いませんでした。残念です。

黙祷によって幕を開けた1周年イベントは、あの開会式の日と同じく、ゲーム「ドラゴンクエスト」の曲に乗せての入場行進から始まります。この日のために集ったたくさんのチームジャパンのアスリートたち。本番でエスコートキッズをつとめるはずだった子どもたち。運営側として大会に参加するはずだった学生たち。そして、この大会に携わったボランティア代表のみなさん。フィールドとスタンドでボランティア同士の労いが生まれています。この人たちが、ここに立って、行進ができて、とてもよかったなと思います。おめでとうございます!

↓ミライトワとソメイティが国立で入場行進を先導!
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↓僕もチームジャパンの入場行進を観客席で見守りました!
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↓五輪の開会式に来たかのような気持ちになりました!
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↓ボランティアの皆さんも名誉の行進です!
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↓集合して記念写真の撮影!もうイベント終わった感じがしますね!

いやー、よかった。客観的に言えば、人が歩いているのを見ただけなのですが、1年前に見られなかった夢を見たような気持ちになりました。あまりに感無量で小池都知事のあいさつとか、橋本元組織委員会会長のあいさつとか偉い人のあいさつ集はあんまりちゃんと聞いていなかったのですが、とにかくみんな喜んでいたのは伝わってきました。

もしアーカイブなどでご覧になる機会があれば、IPCパーソンズ会長のあいさつを見ていただくといいのかなと思います。この大会の前向きな価値を喜ばしく語った映像を用意していたパーソンズ会長は、その動画を用意したあとで安倍元総理の訃報に接したそうで、もう1本別の動画で哀悼の意を寄せてくれていました。2本の動画で二度寄せてくれた「ドウモアリガトウ」の感謝の言葉、大事に記憶させていただきます。

↓こちらこそ素晴らしい機会をいただきました!ドウモアリガトウ!
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その後はみんなで楽しむ余興の時間。ミニミニオリンピックとでも言うべきか、観客対抗で行なうゲームや、ゲストアスリートが参加して行う混合リレーなどで「スポーツイベント感」を味わいます。面白いか面白くないかで言えば別に面白くはないのですが、「集まる」ことが目的でしたので、やることは別に何でもいいのです。にしても面白くも何ともないですが、いいのです何でも。面白くなくてもみんなで一緒にここで楽しむ、それが1年前の忘れ物なのですから…。

↓吉田沙保里さんらが観衆を率いてゲームに臨む!
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↓豪華なゲストアスリートによる混合リレーなどを楽しみました!
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最後はゲストアーティストSennaRinさんがライブパフォーマンスを披露して、1周年イベントは終わりました。こうして一連のイベントをまとめると、ほぼ開会式だなと思います。そういうイメージで作ってくれたのでしょうね。幕間のVTRにはピクトグラムさんもいましたし、ドローンこそ飛ばなかったものの仮想空間上では飛行船が国立の上を飛んでいました。予算や規模は比べようもありませんが、ミライトワとソメイティが1年越しにちゃんと開会式にいてくれたことも含めて、開会式をもう一度ちゃんとやろうじゃないかという気持ちはこもっていました。

どのみちチケットは持っていなかったので、僕が開会式に参加することは叶わなかったわけですが、そんな僕の無念も1年越しに癒されたような気持ちになりました。アスリートも、ボランティアのみなさんも、子どもたちも、関係者も、そういう気持ちでこの日を過ごせていたらいいなと思います。そして、できたらまた記念の日に、こうして集えたらいいなと思います。あの夏の記憶を鮮明に甦らせ、そのレガシーを大切にしていくために。

これはずっと前から言っていることですが、「大会が終わったら終わり」ではなく、五輪・パラリンピックはこの先もずっとつづいていくものです。この街で五輪があった、パラリンピックがあった、その記憶はずっとつづいていくのです。素晴らしい機会を得て、さらに未来へと進んでいく。そういう気持ちで2周年も、3周年も、過ごしていきたいと思います。決して諦めず、ギリギリまで尽力した誇りを胸に抱いて。

ご興味のある方、同志の方は、8月にはまたパラリンピックの1周年を記念したイベントもありますので、そこで会えたら会いましょう。車いすバスケの試合も見られてとってもお得ですしね。僕も、次回はミライトワやソメイティのグリーティングなどにも参加できるよう、予定の調整に努めたいと思います!

↓ご興味ある方はこちらでどうぞ!8月から二次募集開始です!


↓今回参加したイベントの模様は動画でまとめておきました!


開催してくれてありがとうございます!


まだまだ忘れ物はたくさんあるので、もっと取り戻させてください!

ありがとう2021年、よろしくね2022年!困難と分断に屈することなく「つながり」を守った東京五輪・パラリンピックの年に感謝の巻。

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ありがとう2021年、よろしくね2022年!

激動と困難のなかにあった2021年がボンヤリと過ぎ去ろうとしています。コロナ禍に翻弄され、雰囲気で自由を制限することが当たり前だったこの年、気が付けばいつの間にか特に何事もなかったかのような年の瀬を迎えています。各種イベントはごく当然のこととして満席まで入場者を入れ、人々の距離は元の近さに戻りました。街を歩けば飲食店も大いににぎわっています。

スポーツという文脈で言えば、この2021年は2020年に引き続き、まったくもって受難の年でした。多くの大会が無観客を強いられ、試合自体が行なわれないということもありました。決してゼロにはならないリスクをごくごくわずかに低減させるためだけに、確たる調べもないままに一生一度の試合への出場を辞退させられる選手たちも生みました。「飲食」「観光」「イベント」など同じように苦しんだ人たちも多いでしょうが、気の毒なことだったなと思います。

今この2021年や2022年に振り返っても正しい評価はできないでしょうし、当事者ならば誰しもが「こうなるしかなかったんだ」と思いたくなるでしょうから、10年・20年先にでも後年の人たちが2021年について改めて評価する機会を持ってほしいなと思います。もう一度同じようなことが起きたときに今度はどうするのがよいのか、戦争への反省ほどではないにしろ、振り返り、検証されていい時間だったなと思います。





そんななかでも最大の受難と言えるのは東京五輪・パラリンピックでした。モスクワ五輪、ロサンゼルス五輪のボイコット(※外交的な意味ではなく)合戦以来の開催危機は、そもそも開催できるかできないかというラインから手探りする戦争相当のものでした。夢に描いていた形からはほど遠い、心残りなものになりました。日本から見る東京五輪・パラリンピックは賛否両論であり、大成功とは言えないでしょう。経済効果、国威発揚、復興五輪、競技環境の拡大・発展など期待を満たされなかったものは数多あり、期待通りだったものがもしかしたらひとつもないのかもしれません。

ただ、それはあくまでも日本から見た場合の話。今ちょうど自分たちが海外で行なわれるものを見ている気持ちに置き換えれば理解ができるでしょう。メジャーリーグベースボールでの大谷翔平さんの活躍に沸き、松山英樹さんのマスターズ制覇に高揚し、欧州サッカー界での激闘と日本出身選手の活躍に心躍らせ、F1世界選手権におけるホンダエンジンのタイトル獲得に有終の美を見るなど、喜ばしく誇らしい話題は数多くありました。よくやってくれた、ありがとう、何度もそう思いました。

そうした遠いどこかで誰かが勝手にやってくれているものも、本来期待していたような経済効果や拡大・発展は満たされていないことでしょう。大変なことばかりが多く、多大なリスクを背負って、困難のなかで実現に漕ぎつけたものばかりのはずです。賛否両論のなかでもそれをやってくれた人がいるから、喜ばしく誇らしい気持ちを感じましたし、確かな足跡が残りました。何もやらなければ何も生まれなかった場所に、確かに何かが残ったのです。本当の遠くの遠くまで伸びるのは光であり影ではありません。影は主として足元に落ちるのです。

日本と東京も、そうした光を放つ機会を預かった立場として、全世界の国・地域の人々に、あるべき光をお届けできたことは本当によかったと思いますし、責任を果たすことができたと思います。世界のすべてがつながっている現代社会において、感染症拡大も全世界つながった問題であるのと同じく、この「責任」もまたつながっているものだと僕は思います。我が事だけを考えて放り出すわけにはいかないものであると。それをしっかりとまっとうできた、立派にできた、そのことをレガシーとして大切にしていきたいと思います。

僕は、2021年に五輪・パラリンピックをやり遂げた、TOKYOの人間なのだと。

僕たちは「あの東京五輪・パラリンピック」をやり遂げたんだと。

生涯、自慢していきたいと思います。





五輪は「平和の祭典」であると言われる背景にも、世界最大級の「つながり」があるだろうと思います。国連加盟国は2021年4月時点で193ヶ国ありますが、IOCには206の国と地域が加盟しており、台湾やパレスチナ、コソボといった、国連には簡単には加盟させてもらえなさそうな「国」も名を連ねています。そうした国や地域からも本大会に選手を派遣し(予選だけではなく)、開会式や競技において旗と名前を掲げて競い合うことができます。

これが政治的な会合だとなると、出る出ない、会う会わない、認める認めないといった思惑が交錯しますが、五輪に関しては政治を持ち込まないことを建前とする集まりであるがゆえに席を同じくすることができます。中国と台湾が試合をする、イスラエルとパレスチナが試合をする、互いの存在を意識し、主義主張とは違うところで互いの素晴らしさを感じる機会がある、それはとても貴重なことだろうと思います。

そして、世界がつながる機会であるがゆえに、広く世界の視点から「中国さんどうなってるの?」という人権問題にも改めて光が当たりますし、せめて体裁だけでも整えようかという動きにもなります。それは決して無意味なことではないはずです。五輪・パラリンピック期間にはオリンピック休戦として、戦争を止めようじゃないかとなるのも、結局すぐまた始めるのだとしても無意味なことではないはずなのです。

コロナ禍は人々の分断を加速させる出来事でしたが、そんななかでも「つながり」を守り、意識させ、改めて価値を感じさせる出来事が五輪・パラリンピックだったのかなと思います。世界とのつながりを守り、過去からのつながりを守り、バトンを渡した。ペースも遅く、途中で何度か転倒するようなランナーだったかもしれませんが(※中継所に来るのも一年遅れたし)、大きな難所を乗り切ったランナーでもありました。本人は残念無念で反省しきりだとしても、沿道と前後のランナーからはきっと拍手と感謝が寄せられている、そう思います。



さて、毎年その年度に僕をもっとも楽しませてくれた選手にMVP賞を贈ることにしておりますが、今年は異例ではありますが、東京五輪・パラリンピックの開催に尽力した関係者を代表してもらう形で、菅義偉前首相にフモフモMVP賞を贈りたいと思います。本義的には開催都市である東京都の小池百合子都知事が受賞すべき話かなとは思いますが、そうじゃないあたりは各位お察しください。

今は状況も比較的落ち着いておりますが、落ち着いていないときにも慌てず騒がずやるべきことやりたいことをどうにかしてできる世の中であるよう祈って、2021年最後のご挨拶としたいと思います。来年は楽しいことだけがたくさん起きる日々であるといいですね。それではみなさま、よいお年を!



決して忘れることのない一年になったという意味では、すごい年でした!




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