- カテゴリ:
- 東京五輪
2021年12月31日08:00
ありがとう2021年、よろしくね2022年!
激動と困難のなかにあった2021年がボンヤリと過ぎ去ろうとしています。コロナ禍に翻弄され、雰囲気で自由を制限することが当たり前だったこの年、気が付けばいつの間にか特に何事もなかったかのような年の瀬を迎えています。各種イベントはごく当然のこととして満席まで入場者を入れ、人々の距離は元の近さに戻りました。街を歩けば飲食店も大いににぎわっています。
スポーツという文脈で言えば、この2021年は2020年に引き続き、まったくもって受難の年でした。多くの大会が無観客を強いられ、試合自体が行なわれないということもありました。決してゼロにはならないリスクをごくごくわずかに低減させるためだけに、確たる調べもないままに一生一度の試合への出場を辞退させられる選手たちも生みました。「飲食」「観光」「イベント」など同じように苦しんだ人たちも多いでしょうが、気の毒なことだったなと思います。
今この2021年や2022年に振り返っても正しい評価はできないでしょうし、当事者ならば誰しもが「こうなるしかなかったんだ」と思いたくなるでしょうから、10年・20年先にでも後年の人たちが2021年について改めて評価する機会を持ってほしいなと思います。もう一度同じようなことが起きたときに今度はどうするのがよいのか、戦争への反省ほどではないにしろ、振り返り、検証されていい時間だったなと思います。
そんななかでも最大の受難と言えるのは東京五輪・パラリンピックでした。モスクワ五輪、ロサンゼルス五輪のボイコット(※外交的な意味ではなく)合戦以来の開催危機は、そもそも開催できるかできないかというラインから手探りする戦争相当のものでした。夢に描いていた形からはほど遠い、心残りなものになりました。日本から見る東京五輪・パラリンピックは賛否両論であり、大成功とは言えないでしょう。経済効果、国威発揚、復興五輪、競技環境の拡大・発展など期待を満たされなかったものは数多あり、期待通りだったものがもしかしたらひとつもないのかもしれません。
ただ、それはあくまでも日本から見た場合の話。今ちょうど自分たちが海外で行なわれるものを見ている気持ちに置き換えれば理解ができるでしょう。メジャーリーグベースボールでの大谷翔平さんの活躍に沸き、松山英樹さんのマスターズ制覇に高揚し、欧州サッカー界での激闘と日本出身選手の活躍に心躍らせ、F1世界選手権におけるホンダエンジンのタイトル獲得に有終の美を見るなど、喜ばしく誇らしい話題は数多くありました。よくやってくれた、ありがとう、何度もそう思いました。
そうした遠いどこかで誰かが勝手にやってくれているものも、本来期待していたような経済効果や拡大・発展は満たされていないことでしょう。大変なことばかりが多く、多大なリスクを背負って、困難のなかで実現に漕ぎつけたものばかりのはずです。賛否両論のなかでもそれをやってくれた人がいるから、喜ばしく誇らしい気持ちを感じましたし、確かな足跡が残りました。何もやらなければ何も生まれなかった場所に、確かに何かが残ったのです。本当の遠くの遠くまで伸びるのは光であり影ではありません。影は主として足元に落ちるのです。
日本と東京も、そうした光を放つ機会を預かった立場として、全世界の国・地域の人々に、あるべき光をお届けできたことは本当によかったと思いますし、責任を果たすことができたと思います。世界のすべてがつながっている現代社会において、感染症拡大も全世界つながった問題であるのと同じく、この「責任」もまたつながっているものだと僕は思います。我が事だけを考えて放り出すわけにはいかないものであると。それをしっかりとまっとうできた、立派にできた、そのことをレガシーとして大切にしていきたいと思います。
僕は、2021年に五輪・パラリンピックをやり遂げた、TOKYOの人間なのだと。
僕たちは「あの東京五輪・パラリンピック」をやり遂げたんだと。
生涯、自慢していきたいと思います。
五輪は「平和の祭典」であると言われる背景にも、世界最大級の「つながり」があるだろうと思います。国連加盟国は2021年4月時点で193ヶ国ありますが、IOCには206の国と地域が加盟しており、台湾やパレスチナ、コソボといった、国連には簡単には加盟させてもらえなさそうな「国」も名を連ねています。そうした国や地域からも本大会に選手を派遣し(予選だけではなく)、開会式や競技において旗と名前を掲げて競い合うことができます。
これが政治的な会合だとなると、出る出ない、会う会わない、認める認めないといった思惑が交錯しますが、五輪に関しては政治を持ち込まないことを建前とする集まりであるがゆえに席を同じくすることができます。中国と台湾が試合をする、イスラエルとパレスチナが試合をする、互いの存在を意識し、主義主張とは違うところで互いの素晴らしさを感じる機会がある、それはとても貴重なことだろうと思います。
そして、世界がつながる機会であるがゆえに、広く世界の視点から「中国さんどうなってるの?」という人権問題にも改めて光が当たりますし、せめて体裁だけでも整えようかという動きにもなります。それは決して無意味なことではないはずです。五輪・パラリンピック期間にはオリンピック休戦として、戦争を止めようじゃないかとなるのも、結局すぐまた始めるのだとしても無意味なことではないはずなのです。
コロナ禍は人々の分断を加速させる出来事でしたが、そんななかでも「つながり」を守り、意識させ、改めて価値を感じさせる出来事が五輪・パラリンピックだったのかなと思います。世界とのつながりを守り、過去からのつながりを守り、バトンを渡した。ペースも遅く、途中で何度か転倒するようなランナーだったかもしれませんが(※中継所に来るのも一年遅れたし)、大きな難所を乗り切ったランナーでもありました。本人は残念無念で反省しきりだとしても、沿道と前後のランナーからはきっと拍手と感謝が寄せられている、そう思います。
さて、毎年その年度に僕をもっとも楽しませてくれた選手にMVP賞を贈ることにしておりますが、今年は異例ではありますが、東京五輪・パラリンピックの開催に尽力した関係者を代表してもらう形で、菅義偉前首相にフモフモMVP賞を贈りたいと思います。本義的には開催都市である東京都の小池百合子都知事が受賞すべき話かなとは思いますが、そうじゃないあたりは各位お察しください。
今は状況も比較的落ち着いておりますが、落ち着いていないときにも慌てず騒がずやるべきことやりたいことをどうにかしてできる世の中であるよう祈って、2021年最後のご挨拶としたいと思います。来年は楽しいことだけがたくさん起きる日々であるといいですね。それではみなさま、よいお年を!
決して忘れることのない一年になったという意味では、すごい年でした!