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PLAYLIST

仕事で納得のいかないことや、自分の要領の悪さに苛立つことばかりで、しばらく控えられていた甘いものについ手が伸びてしまう。組織の中で働く以上はままならないことならば、生活の上での我慢はできるだけしない方が精神衛生上よろしいだろうとは思うのだけど、節制と倹約ができない自分にもストレスを感じる。

いまの上長は働きはじめたときからいつも気にかけて声をかけてくれたり、仕事の上でも色々と気をまわしてくれるのだけど、その気遣いの方向や、仕事の振りかた、雑談の距離の近さがうっすらと苦手でもあって、いよいよ自分のなかで無視できないほどわだかまりが大きくなっていく。いいひとだし、やさしいから、苦手に思ったり、腹を立てるのは申し訳ないと、自分の感情を否定していたことがストレスの要因だとようやく気が付いた。もちろん、大人として態度には出さないよう気を付けているけれど、その人がいいひとであることと、そのひとを苦手だと思うことは両立するし、腹を立てていいのだ。

帰りの車でkanekoayanoの『石の糸』をきいていたら、カネコアヤノはちゃんと怒っていて、自分の感情を偽らないこと、表現することに畏敬の念を抱く。

腹が立って吐きそう

悲しくて吐きそうだ

kanekoayano「日の出」

 

ひとりで暮らしていると、個人として名前を呼ばれることが減り、生活の中で他者を通して自分の存在を認識する機会がなくなってくる。もともと自分の名前に対して、あまりピンときていないというか、何度も書いているのに、書いたり言葉として発しているからこそ、他人事のように「わたしって(名前)っていうんだ」という感覚がずっとある。ただ身体があり、そこに意志があり、誰かの視線を気にすることもない日々は、とても気楽で、このまま透明になっていきたいとずっと思っている。わたしだけがわたしを見ている。だから、職場という社会で何かを期待されたり、こういう人だと認識されているのを感じると、すわりの悪さを感じてむずむずしてしまう。

もちろん、ずっとこんな風に感じていたわけではなく、10代のころはきちんと思春期らしく周囲の目線が気になっていたし、一時期はひとりの異性に異様なほど執心してしまっていたこともある。そういう時期を経て、だんだんと他者に対する関心と感情が薄れていって、正直なところとても楽になった。一方で、あらゆることに対する関心も前ほどは強くなくなって、感情自体が薄くなっている自覚もある。要するに、どうでもいいのだ。

感じたくないことも感じなきゃ

何も感じられなくなるから

宇多田ヒカル「誰にも言わない」

宇多田ヒカルは真理をさらっとメロディにのせてくるからおそろしい。

そんな風に過ごしていたから、自分のなかの怒りや悲しみの感情に気が付かないふりをしようとしていたけれど、いちど腹が立つと認めてしまえば、あとは何かしら発散をすればいいわけで、すこし気が楽になった。わたしは集団の中でも事なかれ主義でそつなく立ちまわることが美徳、みたいな典型的にダメな人間で、これからもそこから脱することはできないと思うけれど、せめて理不尽なことにはおかしいと抗いたい。




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