20余年ぶりの再会 & 心に念じる 250820

風貌は「西洋人」。
40年ばかり前、彼が登場した時のことである。
彼を以前から知っている同僚が、
英語で「ヘ~イ、ジョン」と呼びかけた。
すると彼は、「ヘーイ、マイク」と応えた。
英会話が苦手な人間たちに緊張が走る。
彼は、両親も祖父母もニホンジンである。
小柄な身体。
体操選手でもあった。
吊り輪も楽々こなす。
つのだひろの「メリージェーン」、
宴会で彼が歌うと、その後の者たちは歌いづらい。
ほんとうにうまかった。
その彼と20余年ぶりに会って、飲んだ。
なつかしい話が次々に出てくる。
「彼はどうしている?」「彼女は?」
Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさん … 。
亡くなった元同僚の名が、つぎつぎにあがった。
「一番近い○○沿線に、Fさん、Gさん、Hさんの3人がいる。
ちょっと離れたところに、Iさん、Jさん、Kさん、Lさんがいる。
来年の年賀状を出すときに、
『集まろう』と声をかけよう」ということで別れた。
話は変わって、7月末のことである。
近所に住んでいる外国籍の方と話をした。
外見は私たちと同じ、アジア系の方だ。
表札は、漢字一文字。
夫と妻の姓が違う。
その彼女が、ぽつりと言った。
「怖い世の中になりましたねぇ」と。
交わした言葉は少なかったが、
彼女の不安が痛いほど伝わってきた。

「ぼくたちの責任です。
今の状況を変えるためにがんばります」と言って別れた。
道路工事や、リフォーム建築の現場で多くの外国人を見かける。
彼らがいなければ、このクニは成り立っていない。
学校に通う小学生にも、親が外国人である子どもたち。
彼らを不安にさせるデマ。
「○○人ファースト」という言葉。
このクニに住む外国人もニホンジンも安心して暮らせる社会に。
「何とかしなければ」と、心の底から思った。