こんにちは、加速する食べ放題能力、うたこです。
先日チャオチャオ餃子で食べ放題にチャレンジしてきましたが、餃子が気に入ってしまった私はまた別の戦士を連れて再戦に向かいました。
チャオチャオ餃子@錦糸町
今回は結構待ちました。1.5時間ほど! というのも、外に並んでいて店員さんに一度人数も確認されていたにもかかわらず、中の店員さんが一向に呼びに来てくれなかったからです。
明らかに座れるスペースが空いていたので入店したら、完全に忘れていた様子でした。食べ放題は時間との勝負だというのに……今日のスタッフ陣営は早くも戦意喪失か?! とそわそわする私。

お店の中からドアの方を眺めてみると、確かに並んでいるかどうかは見えなかったです。でも、おねえさん、私たちちゃんと人数言ったよ……なんならあと一組外にいるから、早くいれてあげて……。
不安な気持ちを抑えつつ、今回もお供はきゅうりです。

タレ、セッ!!!!! (セット)

ここから先はひたすらに餃子の写真が並びますので、人間の「できない」辛さというものについて考えてみたいと思います。

世の中には、何かに対して「劣って」いたり、周囲の人と比較したときに「できない」ものが目立つ人がいます。成績が悪かったり、仕事ができなくて周囲に迷惑が掛かっていたり、します。
こういう人たちは困った人たちと思われるかもしれませんが、違います。穴が分かりやすいので、周囲のサポートでそれを埋めやすいです。単純に、周りにできる人や優しい人、助けられる人を配置すればおおむね解決します。

厄介なのは、「できない」ことを本人の努力で「とてもじゃないけどできないようには見えない」レベルまで引き上げているとき。本人にとっては息も絶え絶えでなんとかやり遂げていることなのですが、周囲にはそれが全くわかりません。
実はできないんです、と伝えても「できてるよ?」としか返すことができません。

「できない」をなんとかして「できる」状態に持っていっている人に言わせると、それでもできないできないと主張するのは、あまりにも屈辱なのでできません。
だって、せっかく努力していたものを、限界を迎えて周囲に迷惑をかけるまえになんとかしなきゃと、今までの努力を自分の手で水の泡にしてまで予防線張ろうとしているのにそれを否定されては……。


って、私は思うんですよね。

それでも努力をして、なんとか成し遂げることで達成感や、幸福感が得られる場合、もう一歩努力をすることも有益なのかもしれません。
乗り越えなければ先に進めない、そうですね、その通りです。

では、何かを努力して成し遂げられたときに得られる「達成感・幸福感」というものは、果たして全人類に平等に分配されているものなのでしょうか?
世の中には営業職でとにかく自分の売り上げを上げることでそういう物質がガンガンに出されて、さらに売り上げを上げていくタイプの人間と、自分の売り上げが上がったとしても顧客の幸福度合いが上がっていないのであれば意味はないと自分で勝手に目標を釣り上げて、一生目標を達成しない人もいます。

「達成感・幸福感」を感じることのない人にとって、努力とは一体なんなのでしょうか。

それは、「一般」「普通」になるための当然やらなければならない「義務」! (しゃかしゃかと餃子を振りながら)

くずになり切れない、落ちぶれきれない真面目な人間がひぃひぃ言いながら長距離走を走るのが人生なのである。

すれすれのハードル走を走り続けているがゆえにたまにどっかーんとこけてしまうんですよね。
あっ、この餃子からいやつだ! ひぃ~。
からさとつらさで餃子もぶれてしまったよ。
なんていうかこう……

「できない」ことを見つめ続けると、人はしぬんですよね。
私は受験の為に塾に行くとしたら、絶対に苦手な「物理」と「数学」を受けると思います。そこが私の穴だからです。たとえ受験科目にあまり影響がなかったとしても、自分ができないことが許せないので、できるようになりたいと思います。ま、結局できないんですけど。

しかしそれに対して、私の彼氏は「英語」だけを受けていたそうです。理由は「英語は好きだったから」だと!!! つまり、「できる」方だけを見ているということですね。

……そんな考え方の人もいるんですって。驚きですよね。
でもきっと、そういった考え方の転換がないと、
みたいに、「できない」への注目から目を外すことができなくなるんでしょうね。

「できる」ことだけを見る。
これは言い方によっては100%逃げです。良い方向への逃げ? いやいや、ただの逃げですよ。でも、「これはできないんでやめました。」という言葉よりは「これができるのでやります。」という言葉の方がよく聞こえる。
この世界に生きているお気楽器用な人たち、もしくは何かジツを習得したらこうなるんだろう……な……。

チャオチャオ餃子はチャオチャオ餃子が何気に一番美味しいんですよね。

餃子食べ放題は、「できない」ことが明確にわかります。
物理的にお腹に餃子が入らなくなるからです。箸を口に運ぶだけで気持ち悪くなります。

「できる」「できない」を認識すること、「できない」ことに注目しすぎずに「できる」方向に逃げることは大事ですが、餃子が何個食べられるのか見当がつかないように自分の「できない」限界に気づいておらず、気づいたときにはうつでした、なんて人も多いんだろうと思います。

あなたの満腹はどこですか?
もう無理だ、がやってくる前に自分自身を助けてあげられるようにしたいものです。
ちなみに、餃子は前回の記録を上回る61個を食べきりました。おしまい。