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4コマ「三年寝太郎巡り(山口県)」(3/4)~寝太郎堰

寝太郎の造った堰を見に行きました。

※3月の風景。
※駅の辺りが千町ヶ原の真ん中らへんらしい。
※今は「円応寺」と書くことが多いようだが、門柱には「圓應寺」と記されていた。

 


実際に寝太郎堰まで歩いてみると、寝太郎の偉業を実感することができます。
山陽小野田市のホームページによると「導水により拓かれた美田は受益面積383ha」もあるそうです。

 

そこかしこにある疏水(水路)を、綺麗な水が心地よい音を立てて流れていきます。その美しい状態から、掃除など手入れを欠かさない町の様子がうかがえます。

美田と呼ばれるだけのことがある田園風景が広がっています。

観光で美しい景色に出会う度に、「この美しさは、ここに住んでいる人々が維持いるんだ」と実感します。尊敬の念が自然と湧き上がります。この美しさを壊さないように観光しようと思います。

 

今はコンクリート製の寝太郎堰ですが、元は木枠に石を積めたものを沈めた石張溢流堰という工法だったそうです。当時の技術の英知を集めたもののようです。
そこから千町ヶ原を縦横にくまなく流れ、農業用水や生活用水となり、多い分はまた川に流れていくようになっているそうです。

取水と排水両方のバランス必須です。

 

今はコンクリート作りの用水路ですが、当時は土だったのでしょう。
常々思っていますが、コンクリートの無い時代、水がしみこまないようにどんな工夫をしたのでしょうか。粘土? 砂利?
流れが滞らず、でも急流にならずに潤し続けるよう、土地にあった角度で水路を掘る。そこには複雑な計算と高度な土木技術があるのでしょう。それを思うと尊敬の念に堪えません。

 

 

∞∞
寝てない寝太郎に、イメージと違う! となりましたが・・・・・・

usayusadosa.hatenablog.com

この灌漑の規模を思えば、厚狭の寝太郎が寝てないのも納得です。
むしろ、寝る間も惜しんで働いたとしか考えられません。

 

街の中、なんでもかんでも寝太郎と思いましたが・・・・・・

usayusadosa.hatenablog.com

この偉業を思えば、寝太郎に対する思いの深さにも納得です。
むしろ、寝太郎がいたからこそ今があると思う方が自然です。

 

 

∞∞∞
死後、神として祭られた寝太郎。
厚狭駅前の像のモデルとなった、ご神体と言われる木像があります(写真を見せてもらった)。
その木像は、鋤を持って稲束を担いでいます。
自ら地を掘り、恵みをもたらす姿です。

 


厚狭の寝太郎伝説は、怠け者が上手いことやった話ではない。
知恵を出し身を粉にして働き、恩恵をもたらした者を尊ぶ話。

だから寝ていないんだ。
そう思いました。

 

 

∞参照∞
山陽小野田市ホームページ
山陽小野田市わおマップ
山口県土地改良事業団体連合会情報誌「のんた」
古地図を片手にまちを歩こうガイドウォークお話

 

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