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ウサオジという男、『果てしなきスカーレット』を観る

『果てしなきスカーレット』を観てまいりました。

まず何よりも話したいのは、インド映画みたいに唐突にダンスシーンが始まったということですよ!!!

本当に!インド映画みたいに!踊ってました!!

信じてもらえないかもしれませんが、本当に踊っていたんです。

インド映画慣れしている私はもう場面が変わって曲のイントロが始まった時点で「これはもしや…!」と期待していたのですけれども、まさか本当に踊るとは。

しかしまあ、インド映画でこういう展開に慣れていなかったら多分爆笑してましたよ、このシーン。

あまりにも荒唐無稽すぎましたから。

シーンとしては、主人公スカーレットが相棒の聖の歌を聞いて心に感じるものがあり回想に入ってダンスシーンが始まるっていう感じなのですけれども、シリアスめのシーンからいきなり陽気に踊り狂うこの情緒不安定と言ってしまっても過言ではないくらいに感情の振れ幅が極端なところが実にインド映画でございました。

そうそう、インド映画の面白いところのひとつは、この情緒をどこに置いたら良いか分からなくなる目まぐるしい感じなんですよ。

いい感じに静かなシーンが始まったと思いきや唐突に陽気なシーンに切り替えてくる、まるでヘアピンカーブのような急展開が実に素晴らしい。

あるいはサウナと水風呂の往復、いわゆる「整う」ってやつですねえ。

この映画、「整え」ます。

ただひとつ気になったのは、このダンスシーン、ビジュアル面では割と貧相な感じがしたってことですねえ。

まあ、これがインド映画ではないのは重々承知しておりますけれども、しかしそれでもビジュアルのインパクトが薄かった。

スカーレットの回想で現代の日本の街中で踊っているというシーンなのですけれども、背景がすごくちゃっちい。

なんかもうちょいこう派手派手な感じにした方がよろしかったのではなかろうか。

それまでの死者の世界のシーンはファンタジー感むんむんの超絶ビジュアルだったのに、いきなりこんなシンプルで殺風景な風景出したら手抜き感むんむんですよ。

予算足りなくなったと勘ぐってしまう。

予算と言えば、『鷹の爪団』というフラッシュアニメ作品の映画では、作中ずっと画面端に「予算メーター」みたいなものが表示されておりまして、ハイクオリティのCGなんかを使った途端に一気にメーターが減ってその後のシーンの映像が急に物凄くちゃっちくなるという仕掛けがありましたけれども、どことなくそれを彷彿とさせる展開でした。

本作ももしかして使い切っちゃったか、予算?

ただ、ダンスシーンの存在自体は面白いアクセントになっていましたし、大胆な挑戦だと思いましたので、インド映画の様にいきなりダンスシーンをぶち込んだ心意気は評価しましょう。

さて、あともうひとつインド映画絡みで言うなら、最後のスカーレットが演説をするシーンの群衆の数もインド映画みたいでしたねえ。

場違いなほど人数が多すぎるもんだから、ついにんまりしてしまいましたよ。

地平線まで覆いつくす人の群れ。

『RRR』のラーマの登場シーンを彷彿とさせましたねえ。

あのシーン、確か6000人のエキストラを動員したんでしたっけ?

あるいは、『バジュランギおじさんと小さな迷子』という映画のラストのバジュランギおじさんがパキスタンからインドに帰ってくるシーンでもそれぐらいのエキストラを動員していたはず。

ともあれ、本作ではあれ以上の人がごった返す感じでございまして、ド迫力の人数でございました。

ぱっと見た感じ、1万人以上動員してた気がする。

今になって落ち着いて考えてみれば、あのシーンであんなに人を出す必要があったのか疑問ではありますけれども、まあエンディングのシーンですし、あれくらい派手にぶちかました方が印象に残って良いのかもしれません。

実際、結構強烈に印象に残っておりますから。

さて、ここらで本作のあらすじをお話しておきましょう。

主人公スカーレットの父親は国王で周辺国との友好関係を重んじ善政を敷いていたのですけれども、その弟のクローディアスはそれとは真逆のタカ派でして、国王を弱腰だとみなしておりまして、遂には国王を謀って反逆者に仕立て上げ処刑してしまうんですねえ。

それでスカーレットは父親の仇を討つべくクローディアスの暗殺を企てるのですけれども失敗し、逆に毒を盛られてしまいそのまま死者の世界なる場所に落ちてしまうわけですよ。

そしたらなぜかクローディアスも死者の世界にいることが分かったので、今一度復讐を果たすべく旅をしていたら現代の日本から来た聖と名乗る看護師と出会い、成り行きで一緒に旅をすることになってしまう、といった具合でございます。

まあそんな具合で始まるお話なのですけれども、ところでこの作品でひとつよく分からんかったのが、なんであのクローディアスの手下4人衆みたいなのも死んでいるのかってことですよ。

クローディアスが死んだのは、スカーレットに毒を盛った後でついうっかり自分も毒を盛った盃を口にしてしまったと終盤で語られるのですけれども、あの手下たちはなんで死んだ?

死者の世界にあいつらがいるということは、多分死んでしまったということなのでしょうけれども、なんでみんな雁首揃えて死んでいるのか。

16世紀だかなんだかのデンマークから来たスカーレットと現代の日本から来た聖がいるように、死者の世界ではどうも時間軸がごっちゃになっているとのことですけれども、もしかしてあの世界にいたスカーレットとクローディアスとその手下はそれぞれみんな違う世界線から来ていた!?

そう考えると、スカーレットのいた時空においてスカーレットの後に死者の世界に来たはずのクローディアスがなぜか早速死者の世界の軍勢をまとめ上げていたというのも、クローディアスの手下たちが死者の世界にいたというのも納得できます。

いや、もうこれで納得できなければもうドツボにハマってしまいそうなので深追いはやめましょう。

これは深く考えてはいけないやつでございます。

あと他には、ついうっかり毒を自爆して死ぬ悪役というのも、なんだか阿呆で面白いですねえ。

凄い凶悪な感じで登場しといて、「死因:ついうっかり自分が盛った毒を自分で飲んだこと」は落差が激しすぎる。

死者の世界では世界を統べる王かのように振舞っていましたけれども、お前、阿呆過ぎて死んでこの世界来てますから、そこんところ忘れないように。

ちなみに、死者の世界でもクローディアスは死ぬのですけれども、その死に様がまさに天誅!といった具合で死んでしまうので、そりゃそうよと思ってしまいました。

しかしながら、最後の最後で改心せず最後まで悪役を貫き通したのは天晴でございます。

私ウサオジが嫌いな悪役は、最後の最後になって改心して主人公サイドに寝返る悪役ですので、クローディアスがそういったろくでもないやつでなくて良かった。

最初は主人公の仲間だったけれども途中でダークサイドに落ちたやつが主人公に影響されてまた主人公サイドに戻ってくるならまだ分かるのですけれども、最初に悪役として出てきて最後に善玉に戻る、これは良くない。

というわけですので、『走れメロス』のあの暴君については、私ウサオジはあまり好きではありません。

なにが「仲間にしてほしい」じゃ、いい加減にせえ。

天誅!!!

そういえば確か、『走れメロス』の「仲間にしてほしい」のシーンでは、その後民衆が「王様万歳!」というようなシーンなかったですか?

これはあるまじきあるまじきでしょうよ。

国をメタクソにした国王がメロス側に寝返ったからといってなんで民衆がそんな評価をコロッと変えるんですか。

納得できん。

天誅!天誅!!!!!天誅!!!!!!!!

ううむ、なんか『走れメロス』に対する不満がふつふつと湧いてきたのでここまでにしておきましょう。

さて、とは言え『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』の猗窩座については、私そこまで嫌いではありませんよ。

あいつも悪を捨てるエンドの悪役ですけれども、別に主人公に説得されたり影響されたりして主人公サイドに寝返ったわけではありませんし、ただ記憶を取り戻しただけですので、これは別によろしい。

一方で獪岳ですけれども、あれは良い悪役でしたねえ。

最後の最後まであいつは敵を演じきっていた。

何が間違っていたのか分からず、喚き嘆きながら散っていきましたから悪役として立派でございます。

名悪役。

いやはや、もはや『果てしなきスカーレット』にかこつけて他作品のことばっかり語っておりますけれども、まあ思い出してくださいよ、ここはウサオジのブログですよ?

まともなわけがないじゃないですか。

ウサオジのブログですよ?

ウサオジのブログ。

ともあれ、最後まで悪役を貫いたという点においてクローディアスは称えられるべき悪役でございますから、ここで名悪役クローディアスに盛大な拍手を!といったところでございますねえ。

個人的にクローディアスの名シーンは、終盤の、懺悔からの「フハハ!そんなわけあるまいがこのバカモノめ!」となるシーンですねえ。

最初は神に向かって今までの悪行を懺悔していたのですけれども、そこに現れたスカーレットが「お前、改心したのか」みたいに声をかけたところでやんややんやとあって手のひらをくるりと反すシーンでございます。

神をも謀らんとするその無謀、天晴でございます。

まあ結局、最後に現れた天誅ドラゴンに天誅されてしまうんですがねえ。

あのシーン、なんか「お約束」って感じで良かったです。

シリアスなシーンにあんなお約束ぶち込んじゃうのか、と驚きました。

というわけでして、なかなか想像以上に面白い作品でした。

評価が散々なことになっているというような記事を読んだりしましたけれども、思ったほどひどくなかった。

というか、むしろ良かったですよ、これ。

なんてったって、もはやインド映画の感想と互角以上の量の文章を書いてますからねえ。

作品自体の面白さ、というよりは、この作品を観ていろいろと思い出すことがある、という異色の楽しみ方ではありますけれども。

まあこれも作品の面白さが為せる業かもしれません。

最初はなんか上映間にやたらと予告編出してた割にネットの評価が酷いので面白半分にとりあえず1回だけ観ておこうかと思っていましたが、もう1回観に行っても良いかもしれない。

あまり評価がよろしくないと知ってからは、正直なところ「まあさすがに『逆転のトライアングル』より酷くはないだろうし、物は試しで1回くらい観ておくか」程度の思いだったのですけれども、ここまで予想を裏切られるとは思わなんだ。

この予想の裏切られ具合には、もはや中学生の野球坊主が大谷翔平から三振を勝ち取ってもかなわないのではなかろうか。

野球についてまったく知らんからよく分かりませんけれども。

ちなみに、『逆転のトライアングル』はウサオジ史上最低最悪の評価の映画でございます。

あの『マッド・マウス ミッキーとミニー』より低評価ですから。

というわけでして、本当に衝撃的な作品でした。

あ、そうそう、最後にもうひとつ語っておきたいことが。

どうも本作はシェイクスピアの『ハムレット』という作品を下敷きにしているらしいのですけれども、いかんせん私ウサオジはそっちの方面にはめっぽう疎いのでまったく知りません。

だからどこがどう『ハムレット』なのかは分かりませんが、そういえば何年か前に配信で観た『ラスト・アクション・ヒーロー』というアーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画の冒頭で『ハムレット』の引用があったことは覚えております。

確か、アーノルド・シュワルツェネッガー演じる主人公が「生きるか死ぬか」というせりふを『ハムレット』から引用し、続けて「いや、死ね」と言った後にマシンガンをぶっ放し悪い連中を粉砕していました。

記憶がおぼろげなので内容が多少違うかもしれませんが、まあそういう感じのシーンが導入部であったはず。

少なくとも、アーノルド・シュワルツェネッガーが『ハムレット』でもアーノルド・シュワルツェネッガーしていたという点に間違いはない。

いやあ懐かしいですねえ。

もはやこうなってくると元ネタ『ハムレット』にも俄然興味が出てきましたよ。

『ハムレット』、一体どんな作品なのか!?

きっと、とんでもない作品なのでしょう。

さてさて、そろそろこのめちゃくちゃな感想文をおしまいといきましょうかねえ。

とにかく期待以上の内容でした。

こういうのがあるから映画鑑賞はやめられんのですよ。

おしまい。




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