『カッティ 刃物と水道管』という映画を観てまいりました。
カディルという犯罪者が刑務所を脱獄して海外への高飛びを企てていたとき、近くで車が銃撃される事件があり、撃たれた車に近寄ってみると、なんとその中には自分と瓜二つの顔の男が倒れている。
そこでカディルは悪知恵を閃いて、カディルがこの被害者に成りすまして被害者の方をカディルだと言って警察に突き出すことにするのですが、警察の追手を撒いたまでは良かったものの、その後に身代わりとして警察に突き出した男ジーヴァと間違われてそれはそれで面倒臭いことに巻き込まれるわけでございます。
最初は何だかよく分からないことになってしまったと戸惑いつつも口八丁でうまいことやって逃げようとするカディルだったのですが、ジーヴァが地方の村の土地を巡って悪徳大企業と戦っていたと知るやその活動に共感し、ジーヴァの活動を勝手に引き継いで大企業との戦いを始めるのでございます。
というのが主なあらすじでございまして、要は脱獄囚が社会活動家に成りすまして勝手に活動を引き継ぐというなかなかパンチの効いたストーリーでございます。
最初は空港で美人を見つけて踊り出したり、話の経緯がよく分からないまま大企業側が出してきた賄賂を受け取ってそのまま海外に逃げようとしたりとコメディっぽい流れだったのですけれども、カディルがジーヴァの活動を引き継いでからは一気に雰囲気が変わります。
派手なアクションと軽妙なコメディシーン、ダンスシーンの間には物凄くシリアスなインド社会の問題が描かれておりました。
大企業による地方の住民からの略奪、警察や裁判所などの腐敗、都市部の住民の地方への無関心、視聴率を最重要視して社会の問題を取り上げないメディアなど、様々なインド社会が抱える問題を垣間見ることができました。
そしてそういった諸々の問題に対して、社会活動家ジーヴァに成りすました脱獄囚カディルが、犯罪者ならではの斬新かつ豪快な手法で解決を図るのでございまして、そこが一番の見所かと思いましたねえ。
裁判官に賄賂を渡して自らに有利な判決を出させようとする企業に対して、カディルもまた裁判官を脅迫することによって正当な判決を出させようとしたり、殺し屋を雇ってお前を殺すと脅迫する大企業の社長に対してはカディルもまたお前を殺すと脅迫し、そしてカディルは実際に送り込まれた大量の殺し屋を見事に返り討ちにする。
真っ当な社会活動家ジーヴァには決して真似できないどころか思いつきすらしなかったであろう数々の卑劣な手法を用いて、カネと権力に物を言わせて従えようとしてくる卑劣な企業に立ち向かう様は実に痛快でございます。
お互いにどっちもどっちと言いたくなるような汚い方法を使っているのですけれども、目的のところが大違いなわけでして、しかも脱獄囚みたいな極悪人がそういった戦いを真剣にするというのが実に面白い。
脱獄囚vs悪徳企業の、まさに毒を以て毒を制すを地で行くような映画でございました。
さてところで、インド映画と言えば何かと印象に残るセリフが飛び出すことが多いのですけれども、今回も出ました、印象的なセリフが。
実はジーヴァは老人ホームを運営しており、そこに住む老人たちもカディルがジーヴァに成りすましているとは知らず味方をするようになるわけですけれども、最初に「もう年だから役には立てない」といった老人たちを、カディルがガンディーやマザー・テレサなどを引き合いに出して「引退は年齢じゃない 心が決めるんだ」と言って奮い立たせるところがなかなかカッコよかったですねえ。
というかそもそも、本作のキャッチコピーになっている「この男には見えている━━━より良き世界への青写真(ブループリント)が」というのもひねりが効いていて良い。
カディルには作中でブループリントと言われている平面の図面を見てそこから立体的な構造を想像できるという特技があるのですけれども、それと掛けているってわけですねえ。
また一方で、大企業の社長が放つ「この世界には何にでも値札が付いている。金で買えないものはない」というセリフもなかなかあくどくて印象的でございました。
まさに、悪役ここにあり、みたいなセリフですよ。
そしてそれを言った後に裁判官を買収するのでして、実に悪党。
というわけでして、コメディのように始まったかと思いきや一気に社会問題に踏み込んだシリアスな内容になっていく恐ろしいまでの力作でございました。
これは観ておいて良かった。
おしまい。
